第21話 おしのびデート 1
「ミリウス! こっち! こっちに来て!! 向こうに美味しそうなお店があるの……!」
昼下がりの王都。そのある通りで、シルヴィアは遅れてついてくる恋人に大きく手を振った。
「あっちにも……こっちにも! やっぱり王都ね、どれも美味しそう……!」
そうしてシルヴィアは、苦笑しながら肩を竦める恋人の手を引いて、人混みでごった返す通りを進んだ。
こうなったのは、時を少し遡る――――昨晩のこと。
*
「『王都に一緒に出かけないか……?』」
「ああ」
突然ミリウスに王太子の部屋に連れ込まれ、その……随分甘い時間を過ごしたあと。彼はゆっくりと口を開いてそう言った。
「本来明日は来客の予定があったんだが……。先方の都合で急遽延期されてしまってな。それで予定が空いてしまったから、あなたと少し出かけようと……」
「!」
「それを言いに来た……はずだったんだが」
口元を抑え、恋人を思う存分堪能した時間を思い出し、照れくさそうにミリウスは続きを告げる。
「あなたが普段使用しているその指輪。装着者の正体を判別できなくするその指輪を使えば、俺たちが市井に下りても問題なく行動できるだろう?」
「それは……そうだけど」
でも手元にある指輪は一つだ。
どちらかが指輪をつけずに過ごさなくてはならない。
シホがじっと指輪を見つめていると、ミリウスは『わかっている』といわんばかりに頷いた。
「実は、その指輪はもう一つあるんだ。つい先日、アーミントンの魔法学院長から贈られてきてな……二人の結婚祝い、だそうだ」
「……!」
ミリウスがきっといろいろ事情を話したのだろう。
学長からそのほかにも色々贈られてきた魔道具を、後日シルヴィアに渡してくれるとミリウスは約束した。
「シルヴィ。あなたが変装して王宮内の各所に顔を出すのは、情報収集のためだ。だが……本当は羽を伸ばす目的もあったのだろう?」
「う……」
「王宮はあなたには狭すぎるからな」
ミリウスは苦笑しながら、愛しい恋人の髪を梳く。
「どうせ羽を伸ばすのなら俺と伸ばそう。…… 二人で一緒に」
*
そうしてミリウスに誘われ、シルヴィアは平民を装って、王都で街歩きデートをすることになったのである。
「ねぇミリウス!」
「ん? どうした、シルヴィ」
魔法の指輪の効果が強いのをいいことに、偽名も使わず自由に行動する。
唯一保険として、護衛の騎士クリフを私服で潜ませているらしいのだが、それを察知できないシルヴィアからしてみれば、本当に二人で街歩きをしているようだった。
「ふふ、こうしていると本当に学院時代みたいね」
「ああ」
「一緒に街に出て魔道具店巡りをしたり、帰りにお菓子を食べたり……」
「シルヴィはいつも店先で目を輝かせていたな」
「っ! そんなことまでよく覚えてるのね……」
「……。俺は、好きだったからな。あなたのことが」
「!!」
「あなたのどんな表情ひとつさえも、宝物だった」
「~~~~~~!!」
昔から想われていたらしいことは聞いていたけれど、改めて面と向かって言われるとどう反応していいか……困ってしまう。
「あの頃はただ憧れるだけしかなかったあなたとこう成れるとは…………俺は、幸せ者だな」
ミリウスの幸福そうなその横顔に。
「……も……なんだからね」
「?」
「私も! 幸せなんだからねっ!」
なにも、幸福なのはミリウスだけじゃない。
私も、こんな――満ち足りた未来が来るなんて。思ってもみなかった。
幸せすぎて…………怖いくらいに。
愛しい気持ちが溢れ出す。
シルヴィアは照れくささに誤魔化すように足を速めると、ある露天の店先に逃げるように向かった。
*
「へぇ……魔石の耳飾り」
「そうだよ。うちのは意匠に拘ってるからね。探してでも買いたいって客はたくさんいるよ」
嘘か誠かは知れないが、露天の店主が語るように、店先に並べられた品はどれも品があった。
「特別な効果みたいなもんは何もないが、ま、魔石はいくらあっても困らんからね。魔力の足しにもなるし、装飾品として身につけてる魔術師も多いよ」
「……たしかに」
ほかならぬシホも、現役時代はいつでも使える魔力源として、いくつか保有したこともあった。
あいにく、いつぞやのドラゴン戦で、最後のひとつは消費してしまったが。
「あんた、魔術を使うのかい?」
「ほんの少し、ね」
「ならちょうどいい。そこの旦那さん、奥さんにひとついいのを買ってやりなよ」
「!?」
店主はめざとく離れた場所にいたミリウスを見つけると、ちょいちょいと手招きして呼び寄せる。
「あ……この人は……」
「あんたの旦那だろ? 見ればわかる。ずっとあんたのことを見てたからな」
「…………」
「ほら、どうだい。これが奥さんの耳にあったら似合うだろう?」
そう言いながら商売上手な店主は、一番高い耳飾りをミリウスの手に押しつける。
(た……ほんとに高っ!! これ本当に本物なんでしょうね――!?)
王宮の宝飾品かと見紛うばかりの繊細なそれを、ミリウスはじっと見つめ、そしてシルヴィアの耳元にすっと掲げた。
「うちのは凝ったいい品だが、その分値が張ってね。同じ街じゃいくつも売れないからこうして大きな街を巡ってるんだ。ここで出会ったのもひとつの縁。あんたも奥さんに贈ったらどうだい? 新婚旅行なんだろう?」
(!!?)
「見ればわかる。最近流行りの旅らしいが、そんなときくらい奥さんをあんたの手で飾ってあげたらいいじゃないか」
店主の調子のいい口車は次々続き――――。
「では、妻の分をひとつもらおう」
ミリウスはそれを購入してしまった。
「ミリウス~~~」
「いいんだ。俺があなたに似合うと思っただけだから」
そうしてミリウスは、買ったばかりのそれを、シルヴィアの耳に装着した。
「……似合う?」
「あぁ。とても」
耳元で揺れるきらめきを眩しそうに眺めて、ミリウスは微笑った。
そうして1時間ほど街歩きを堪能したころ。ぽつり、とシルヴィアの鼻先を滴が打った。
「……?」
空を見上げると、晴れているのにどこからか、無数の雨粒が降ってくる。
「!!」
それは瞬く間に明るく輝く小雨となり、街行く人々を急かした。
「ミリウス!」
人々と同じく、通りの軒下に避難して、シルヴィアは空を見上げる。
徐々に本降りとなってきた雨に、露店の店主たちも店じまいを始め、これ以上の街歩きは難しいように思えた。
「これ以上は残念だけど……王宮に帰るしかないね」
予定よりずっと短いデートだったが仕方がない。
水滴を濡れた髪から滴らせながら、シルヴィアは言った。
「………………」
そんなシルヴィアを横目に見、ミリウスは何か考えている。
「……?」
「シルヴィ、ひとつ提案があるんだが――……」
そうして、ややしばらくのち。
「ハイ、夫婦2名1室ね。2階の通り沿いの角部屋だよ。晴れてりゃ眺めはいい部屋なんだが……ま、ゆっくりしていきな」
(!!?!?)
シルヴィアは――――何故か宿の受付にいた。




