第12話 氷の騎士と決意の皇女
「それでは、シルヴィア様ごきげんよう」
この日もシルヴィアは、自らのサロンを訪れた令嬢たちをもてなし、手土産に美容魔道具を貸し出していた。
(王宮内での立ち場づくりはまずまずといったところかしら……)
こちらに関しては、予想より首尾よく進んでいる。
が、シルヴィアにはそれより気になるものがあった。
(ええと…………気まずい)
シルヴィアがちらと視線を投げた先には、部屋の隅に佇むユリシス。
つい昨日から、何故か皇女付き騎士クリフと担当を入れ替わり、シルヴィアの護衛騎士となった彼がいた。
(たぶんミリウスが気を利かせたんだろうけど……!)
つい先日、あまりユリシスと良い関係を築けていない場面を見せてしまったから、気配り屋の彼のことだ――親睦を深めるきっかけにと、わざわざ機会を用意してくれたのだろう。
(それはありがたい……ありがたい……けど!!)
何の助け舟も出さず放り出されたのでは、シルヴィアとしてもどうすればいいのかわからない。
シルヴィアのことを学院時代の印象で、すぐに誰とでも打ち解けられる超人だと思っているなら間違いだ。
(あれは先生だからであって……!)
立場が教師だからお節介にもズカズカと相手の事情に踏み込めたが、いまはただの皇女!
しかも相手のほうが人生経験豊富な年上とくれば、生徒相手のように接するわけにもいかなくて……。
(……どうしよう)
散々考えた末、シルヴィアはとりあえずにっこり笑って礼を言うことにした。
「ユリシス、ありがとう。あなたが来訪を教えてくれたおかげで、ご令嬢たちを待たせずに済んだわ」
「いえ……」
ツン、と音でも聞こえてきそうな拒絶。
「よ……よければあなたもお茶を飲んでいってはいかが?」
「………………」
視線が! 凍るような視線が痛い……!
「いいご身分ですね」
「!?」
「婚約者である殿下が、いままさに政務に身を尽くしているときに、ご友人たちと茶会とは。王太子妃の職務が、紅茶の飲み比べをしながら茶菓子をつまみ無駄話に興じることだとは存じ上げませんでした」
「……………」
「そんなに茶菓子をつまみたいのなら、ぜひ再び市井に下りてティーハウスでも開いたらどうです?」
「………………」
こめかみが、ひくりと引き攣る。
(あぁそうだ、この感覚……どこかで覚えがあると思ったら――あの小姑貴族と同じだわ)
脳裏でかつて訪れたライオール地方で出会った嫌味な青年貴族を思い出す。
(あれと同じなら……気にするだけ無駄ね)
そうしてシルヴィアは、ユリシスのことを放置することにした。
「ベラ、次の予定までの間に私宛ての書簡を持ってきてくれる? 確認しておきたいわ」
「かしこまりました」
すぐさま侍女のベラが盆に乗せて持ってきた封筒を卓上に広げる。
一通ずつ開封していくと、それは喜ばしい内容半分、そうではないもの半分だった。
「サロンへの招待に応じてくれるご令嬢は約半分……といったところね。やはり高位の家柄ほどまだ様子見、といったところかしら」
シルヴィアはここに来てから連日、王国内の各家にサロンへの招待状を送り続けていた。
一番の目的は王宮内での足場固めと、有力貴族と友好的な関係を築くためだったが、『日程が合わない』『しばらく王都へ向かう予定がない』など、辞退の手紙を送ってくる家も多かった。
「まぁいいわ。気長に行きましょう。断られたといっても石を投げられたわけでもなし。まだ道がないわけではないわ」
そうだ。一歩ずつ一歩ずつ。焦らず事を進めていけばいい。
そうシルヴィアが書面を円卓に置くと、隣からフッと鼻で笑う音がした。
「……、何かしら、ユリシス。何か面白いことでもあったかしら?」
「いや、失礼……」
銀髪の嫌味な騎士は、堪えきれない笑いを目尻に刻むように嘲る。
「そのお話しようでは、まるで皇女殿下ご自身が石でも投げられたご経験があるようで……」
あり得ない状況に、大げさな比喩だと彼は嗤う。
「……だとしたら、可笑しい?」
「まさか。ただあなたほどの方に限ってそんな経験は――」
「山ほどあるわ。……数えきれないくらいに」
想像にない答えだったのだろう。
ユリシスは意表を突かれたのか黙り込む。
「私は帝国の政変から逃れてリンデール公国で庶民の家に預けられた。そこは特別な家ではなくて……貧しい羊飼いの家だったわ。そんな家にある日突然現れた、黒髪紅目のリンデール人だという子供……。そんな子供が、まともな扱いを受けると思う?」
意味を図りかねているのか、ユリシスは怪訝に黙したまま。
ああ、そうか……彼は『知らない』のかもしれない。
シルヴィアは彼の知らない『真実』を告げる。
「リンデール公国ではね、銀髪銀眼でないリンデール人は『色付き』と呼ばれ蔑まれるのよ」
「!」
「おかしいわよね。混血でも体に色がついて生まれるだけで。その能力とは関係なく迫害される……」
そうして何度も、『混血のリンデール人』という身分設定だった自分は、周囲の子供たちから石を投げられた。
「おかげで随分たくましく育ったけど。……あぁ、そう。この肌の調子をよくする魔道具も、元々は私の体の傷痕を消すために友人が教えてくれた魔法なのよ。傷痕を消していたら偶然肌の調子がよくなって……それがまさか、こんなところで役立つとはね」
人生、本当に何があるかわからない。
「この魔道具を令嬢たちに貸し出すのも、彼女たちとお茶をするのも。私は、ただ無意味にしているわけじゃない」
シルヴィアはまっすぐにユリシスを見据える。
「これからはすべてあの人のため――――ミリウスのためよ」
シルヴィアは、はっきりと言い切った。
「珍しい茶葉を紹介したのは、今日来たレディ・ボーナムの家が、ハズウェル公爵家と懇意にしているから。お茶に目がない公爵のために南方産の茶葉を融通する代わりに、公爵家の内情について教えてもらったわ」
この部屋の内装も、菓子も、茶器もそう――。
シルヴィアは続ける。
「まだ王宮で私は武器がない。この場所が豪勢な暮らしを堪能できるだけの生易しい場所だとも思っていない。多くの思惑が渦巻く戦場、なのでしょう? だから私は――少しずつでも武器を手に入れる。戦場なら一番の武器は情報よ。戦うのも、守るのも、争いを避けるにも――すべて情報が必要になる。だから私はそれを手に入れる――――何も知らずに害されるお人形ではいたくないから」
「…………」
「浅はかだと、馬鹿だと思うならそれでいいわ。ただ私は、この場所を、政争とは無縁の安らかな場所にしたい。それが無理でも――少しでもそれに近いものに。あの人が笑って、安心して、心から好きだと……そう言える場所にしてあげたい。そのために、私はここにいるの」
そのために――自分は全力を尽くすのだ。
「私からは以上よ。あなたもあなたの役目を全うしなさい」




