第11話 氷の騎士と理想の王子
ユリシスが、傭兵稼業に嫌気が差して入り込んだ王国軍。
そこも期待には程遠く――傭兵時代と大して変わらない場所だった。
規律と礼儀こそあるものの、隊を仕切るのはやはり名家のボンボンで――。
甘い指揮に『実戦では死人を出すぞ』と忠告すれば、即座に反抗的な兵として要注意人物リストに名が載った。
「もっと上手く生きればいいのに」
同じく王国軍に入隊したクリフはそう言うが、それができないことをクリフもわかっているのだろう。
だからこそ諭すようなことはしてこなかった。
生真面目で、剣も魔法も実力こそあるものの、口煩く素直に上官の命令には従わない癖あり兵。
そんな評価だから、1年経っても2年経っても、大した出世は叶わなかった。
(別に金が欲しいわけじゃない……)
それを求めるならば傭兵時代に舞い戻り、難易度が高い依頼か、仄暗い匂いのする依頼を引き受けていけばいいだけだ。
それだけで事足りる。
ただ、自分が欲しいのはそれではない。
腹を満たし、寝床を保ち、それでいてこの膿んだ人生に光を灯すもの――――……。
それを自分は、ずっと探している。
「よ、ユリシス。今日も湿気てるか~」
相変わらず酷ぇ仏頂面だな、と別の隊にいたクリフが現れたのは、王国軍に入隊してから3年が経ったある日のことだった。
「うるさい、帰れ」
「そう言うなよな~。せっかく面白い情報を持ってきてやったのに」
「……?」
しかめっ面のまま振り返った先で、クリフは得意気にそのだらしのない顔を緩ませる。
「他の奴に聞いたんだけどよ。どうやら向こうで俺らのことを探してる奴がいるらしいぜ」
「?」
「どうやらどっかのお偉いさんらしいんだけどよ。『王国軍に所属している者で、実力はあるが上官と馬が合わず持て余されているような兵はいるか?』って聞いて回っている奴がいるらしいぜ」
「なんだその物好きは……」
大方安い給金で王国兵を私兵に引き入れたいどこかの領主だろうが、見当違いも甚だしい。
上官と馬が合わない実力者などというのは、簡単には飼い慣らせない犬――狼のようなものだ。
住処を変えればいいというものではなく、主にその力量が求められる。
狼が群れを率いるに相応しいと思う主人でなければ、結局は手に負えぬ獣を隊に抱えるだけの羽目になる。
「ま、そう言うなって。それでそう尋ねられた奴がさ、俺たちのことを話したって――――……」
そう、クリフが言ったときだった。
その背後に、光が見えた。
目映い金の髪。薄く冷徹な冬空色の瞳。
年齢はまだ20にも届かない、せいぜい19かそこらの若造だというのに、ぴりりとした気配を背負って立つ人間が。
そんな人間が、クリフの背後から歩いてきていた。
「銀の髪に紫白の瞳、その傍らに立つ黒髪の巻き毛に鳶色の瞳の男……お前たちが、ユリシス・ロウとクリフ・オーウェンか?」
ユリシスの前まで辿り着いたその学生上がりらしい人物は、自分たちを見てじっと、その内面を量り取るように凝視した。
「……あなたは?」
若造とはいえ上等な身形に、下手な口は利かないほうが利口だと、静かに居住まいを正す。
……そう自分たちにさせるだけの得体の知れない圧が、その男にはあった。
「私は、ミリウス・ウィルテシア・ヴェルトリンガム。この国の第3王子だ」
「……!!」
そのような高位の人間がなぜこんな練兵場くだりまで。
その疑問はすでに見透かされていたのだろう。
ミリウスと名乗る第3王子は、問いかける前にその答えを出した。
「お前たちの疑問は、大方その予想通りだ。私は己の私兵となる近衛を任せられる者を探している」
「それならばすでに精鋭の近衛兵が――……」
「私は、他人の選んだ人間を信用しない」
「……」
「近衛は王のための私兵。ならば王以外の王族は、あくまでその付属品……。継承順位と時勢の優劣によって、警護対象としての優先度合いは移り変わる……」
それはすなわち、有事の際に、誰を王の後継として手厚く守るか。あるいは、政争の際に、誰を次期王として立て、誰を闇に葬り去るか……その風向きによって、味方にも敵にもなるのが既存の近衛ということだ。
「私は、これからこの王宮内において、この立場を確固たるものにする」
「!」
それはすなわち、次期王太子――国王を目指す立場になるということ。
政争に、足を踏み入れるということ。
「そのためには、決して自分を裏切らない私兵が欲しい」
それは――王宮でまことしやかに流れる噂――かつて王宮内の政争で、第3王妃を――母を失った王子らしい確固たる強い決意だった。
「ですが、それならもっと利口で聞き分けのよさそうな奴を雇ったほうがいいんじゃないですかねぇ?」
口を挟んだクリフに、王子はそれを一瞥すると、反対に質問を返す。
「利口とは……信頼に足る理由になるか?」
私はそうは思わない、と王子ミリウスは語る。
「利口も、聞き分けがよいことも、平時であればそれらは素晴らしい美点だろう。だが、ことそれが窮地となると、反対の意味になる」
「…………」
「聡い者は、利に聡い。聞き分けがよい者は、上官の口車に乗せられやすい。自身で何も考えず、ただ政敵の手先となるか、自身で保身を考えて、その結果己の主人に牙を剥くようにさえなりうるだろう」
それは長年に渡り、後継者争いという静かな戦に身を置いてきた王子の、半生をかけて得た痛い教訓のように思えた。
「だから私は、愚かでも、反抗的でも、自身の信念と選択に基づき行動する者を手兵に迎えたい」
「…………」
「お前たちは……何を信ずる?」
上官の命令か。
時勢が傾く、勝ち馬か。
それとも山のように積み上げられる給金か。
どれも――――違う。
そんなものはどれも、クソ食らえだ。
「俺は――――自分自身しか信じない」
ユリシスは呟く。
自分の実力を。
自分の信念を。
自分の生き方を。
自分で選びつかみ取る未来を。
自分でこの手で得たものだけを信じる。
他人の言動や、評価など。そんなもので己の人生を左右されない。
左右されてたまるものか。
「奇遇だな。……俺も同じだ」
王子はふっと微笑って、その上品そうな顔を皮肉げに吊り上げる。
そこには高貴な人生の中で育んだ、したたかさと、粘り強さと、執念に近いような――強い意志があった。
「お前たちにその気があるのなら、後日近衛隊の詰め所に来い。手配をしておこう」
王子はそれだけ伝えると、そのままその場を去ろうとする。
そこに最後にひと言、クリフが疑問を投げかけた。
「どうしてアンタは――――あ~殿下は、そこまでして私兵を自ら集めようとするんです?」
これから本格的な後継争いに足を踏み入れることは聞いた。
王宮内での楯を必要としていることも理解した。
けれどそれらは、必要とあらば信頼できる者に代理で任せれば済む話だ。
(それほど信頼できる者が少ないのか――それとも――……)
手兵としようとする者たちの疑問に、王子も気づいたのだろう。
「確かに……そうだな。この先の人選は、お前達に任せてもいい。だが、」
王子は言葉を切る。はっきりと。
「最初の選択は、必ず俺自身で行う」
それこそが己の人生を、己で切り取ってきた。
他人に奪わせず生き延びてきた王子の矜持のように見えた。
「それに俺は…………」
「?」
「俺は……俺と、俺の大切な者を守る力だけは……他人に任せず万全を尽くして選びたい」
それは、かつて大切な母を失った王子の、今度こそ大切な未来の妻子を奪わせまいとする強い決意のように見えた。
この日、ユリシス・ロウと、クリフ・オーウェンの二名は、第3王子ミリウスの近衛になった。
第一印象どおり清廉で、冷徹な判断のできる、それでいて徳の高い理想の王子。
若干19歳ながら、すでに老成した雰囲気さえ纏う王子は、ユリシスの理想だった。
身分や出自、言動などに左右されず、その者の真価にのみ価値を置き、仕事と実力で評価する若き王。
それでいて民を想い妥協を知らない王子のもとでの生活は、厳しくも――あの膿んだ生活とは似ても似つかない、生き甲斐とさえ言えるようなものを得る、素晴らしい時間だった。
(だからこそ――それを惑わす魔女は許せない)
遠き日を振り返り、ユリシスは深く眉間に皺を寄せる。
理想の君主の前に、ある日突然現れた黒き魔女。
黒髪と紅い瞳を持つその妖艶な女は、かつて王子の師だったという。
(どうして皇女が市井で教師などやっていたかはわからんが――……)
政変で市井に逃れたらしいということは聞き及んでいる。
ならば、それで臣下どもに手厚く保護され、他国でのうのうと暮していたのだろう。
すべてのほとぼりが冷めるその時まで。
(……腹立たしい)
自らの手は何ひとつ汚さず、傷めず。護られ、厚く遇され、苦労を知らぬ真綿にくるまれた天上の姫。
(それでいて、まだ学生だった王子を……自分の生徒を籠絡するとは……)
やはり女は油断ならない。
まだ視野も経験も少ない学生時分の王子をつかまえて、ちゃっかりと未来の王子妃の座まで確保している。
おそらくはまだ経験の浅い王子を、その色香で絡め取ったのだろう。
(反吐が出る……)
やはり女は、それもリンデール人などと名乗っていた女はろくでもない。
王太子には相応しくない。
(絶対に……帝国に送り返してやる……)
ユリシスは握った拳を睨みつける。
清廉な主を惑わすその悪女。
それをこの国から追い出すことをその日誓った。




