第10話 白かかしと木目の床
古びた床の木目を、いつまでも、じっと飽きることなく見つめていた。
王都のはずれにある孤児院。その物置小屋で、幼い少年――ユリシス・ロウは、片膝を抱えて床を見つめていた。
ガチャリ、と鍵の開く音がして、古びた木戸の音を立てて物置小屋の扉が開く。
「ユリシス! お前なぁ~……また新入りをボコボコにしたのかよ」
同じ孤児院の腐れ縁。黒髪に鳶色の瞳を持つ少年クリフが、開け放った扉から顔を覗かせる。
「大丈夫か? って、お前も酷い有り様だな」
「……うるさい」
腫れた頬を隠すようにそっぽを向いて、傷む足を引き摺る。
「ほら、肩貸せよ。転んでダセぇ姿みせたくねぇんだろ。あいつらには」
「…………」
渋々クリフの肩に腕を回す。
そうして二人、薄闇が広がる煤けた物置小屋から外に出た。
「そんで? 今度は何があって新入りと殴り合いになったんだ?」
院長による懲罰――その折檻として、両手を打たれ放り込まれた物置小屋。そこからユリシスを連れ出しながらクリフは尋ねる。
「…………」
「言えよ。言わなきゃわかんねーだろうが」
「………………白かかし」
「?」
「『白かかし』! ……あいつら俺のことをそう呼びやがった……!」
痩せぎすな白い体に、白髪のように細い銀髪。
遠目に見て白い棒きれが服を着て立っているように見えることから、『白案山子』と、そう呼ぶ奴らが度々いた。
『ほら、雀を追い払ってみろよ白かかし!』
『マジで白い棒きれなのな。……気味わりい』
『しかも見ろよ! ホントに仏頂面だぜ。リンデール人は無口・無愛想・仏頂面! 道具屋の親父が言っていたとおりだぜ』
そうして、ユリシスを見かけては嘲笑うのだ。
「俺は、リンデール人じゃない……!!」
隣国リンデールに住むというそいつらは、雪のように白い肌に銀の髪、そして極めて色素の薄い瞳を持つという。
その白の化身と謳われる奴らに瓜二つの自分は、奴らがこの国で囁かれる悪評を、そのまま理不尽に押しつけられていた。
(たとえ見た目が白くても! 俺は絶対にリンデール人なんかじゃない……!! ウィルテシアの王国民だ!!)
たとえ生まれがどうだろうと関係ない。
自分はここしか知らない。この国しか知らない。
そんな自分を捨てた母のことなど知らない。
赤子だった自分をこの街の、この孤児院の、軒先に捨てた母のことなど――何も知らない。
「ま、何人とかどーでもいいわな。それで飯が食えるわけでもなし。……お前はお前だよ」
「…………」
そうして二人、静かに院長の目を盗んで部屋に戻る。
そこにあの新入りどもがいないことを願いながら。
二人静かに、小さな孤児院の庭を歩いた。
*
王都の孤児院というのは、顔ぶれの入れ替わりが激しいのだろう。
常に新しい子供たちがやってきては、その度に院内の勢力図を塗り替えた。
特にやっかいだったのが、街で浮浪児をしていた悪ガキどもで、孤児院にやってきては新参者のくせに、珍しい白の異端児を見つけては、暇があれば小突き回した。
(絶対に……やられっぱなしになんかなるものか)
どんなに大人たちに諭されても、院長に折檻だと手の甲を打たれても。理不尽な暴力に黙って泣き寝入りすることだけは許せなかった。
だから何度も物置小屋に閉じ込められたし、食事も抜かれた。
それでも、いつかあんな奴らが手を出そうと思わないくらい強くなってやる――……。
そう思いながら抗い、自分を鍛え続けた。
そして13になった年――孤児院を出た。
なぜか一緒に孤児院を抜けてきたクリフと共に、街の酒場で働き始めた。
じきに酒場に来る傭兵たちに、街で日銭を稼ぐより傭兵稼業で儲けるほうが実入りがいいと教えられ、そちらに転向した。
初めは簡単な依頼から。大人たちの荷物持ちとして安い依頼を経験し、やがて自分たちだけで仕事を取るようになった。
それには、苦々しいが運良くも――ユリシスに魔法の才能があったことが幸いした。
貴重な魔術師を仲間に加えたい者たちが、自分たちを雇った。そして時折気のいいほかの魔術師たちが、まだ駆け出しで危うい新米魔術師に、魔術の指導をしてくれた。
魔術などからっきし使えないクリフでさえ、パーティーを組んだ傭兵たちに鍛えられ、剣技をみるみるうちに身につけていった。
そうして2年が過ぎ、5年が過ぎ――――……。
8年が過ぎ、傭兵として名が売れ始めたところで――――嫌になった。
『見ろよ、またあの白黒コンビだぜ――俺らの依頼、かっさらっていきやがった』
『あぁ……、あの白い死神の』
依頼主が依頼先を変えたのは、自分たちの実力不足だろうに。
それを棚に上げて、人間とはかくも簡単に人を貶める。
(馬鹿馬鹿しいな…………)
稼ぎを得ても、名声や羨望、一瞬のくだらない優越感を得ても。
何をしても満たされない。
「…………」
「よ、ユリシス。さっき面白い話を聞いたんだけどよ」
脳天気に麦酒を片手に現れたクリフが持ちかける。
「お前、王国軍人とか興味ある?」
そこで俺は――――次期王太子に出会った。




