第9話 近衛騎士たちの円卓
その夜、近衛騎士ユリシスは、王宮の敷地内にある兵舎の扉を開いた。
そこは王宮内で働く衛兵用の宿舎で、一階の一部分が食堂になっていて、いつも腹を空かせた兵士たちで賑わっていた。
「やっぱり、お前のことだ。こっちに来ると思った」
ユリシスたち近衛の一部は例外的に、王宮内の使用人用食堂で食事を取ることが許されている。
が、今日はそんな気分ではなかったのでここまでわざわざ足を伸ばしたというのに、そこには嫌というほど見慣れた先客がいた。
「クリフ、お前か」
「つれねーなぁ。ホラ、席なんてすぐに埋まっちまうんだからココに座れよ」
「……」
次々に押し寄せる兵士たちに、仕方なくその男と同じ席につく。
クリフ・オーウェン。同じ近衛騎士団で、次期王太子妃警護の任についている男だ。
幼少期からの長い付き合いだけに、ユリシスは無言で席に着く。
そして、テーブルの上にある飲み物を見咎めた。
「お前また……非番とはいえ麦酒なんて飲んでいるのか」
「だって俺酔わねーもん。問題ねぇだろ?」
たしかに長年この男と一緒にいるが、酒を飲んで上機嫌になりこそすれ、泥酔した姿は見たことがない。
「そういうお前は? ……って、飲まねーよなー」
「いつ招集がかかるかわからん以上俺は飲まん」
ホントお前はまじめだね〜と茶化されるが、知ったことではない。
自分は自分のやり方を通すだけだ。
「……で? お前がわざわざうるさい兵舎食堂まで足を伸ばした理由は――――あれか。新しく来た皇女様、だよな」
「…………」
「えらく美人ないい女だったもんな~。ギラギラはしてねぇけど不思議と静かな華があるというか。淑やかだけど人目を強く惹く魔力のような魅力がある。……ありゃ、王太子殿下が落ちるのも無理ないな」
「っ……!」
ギッと睨みつけると、腐れ縁の幼馴染みクリフは『しまった』とばかりにそっぽを向いて酒を口にする。
「………………」
脳裏に焼き付く、艶やかな黒髪を持った紅い瞳の女。
その女が現れてからというもの、ユリシスの主人――次期国王となる王太子ミリウスは、その女に骨抜きだった。
仕事こそ従来どおり精力的にこなしているものの、その密度を以前より圧縮してでも時間をつくり、あの女のもとに毎晩足繁く通っていた。
「まさかあの王太子殿下がね〜。あまりに令嬢方に靡かないから、てっきり女に興味がないのかとまで思ったのに」
人は変わるもんだ、とクリフが頭の後ろで手を組むのに、ユリシスはぐっと唇を引き結んだ。
「ようやく引き当てた理想の上司だ。お前としちゃ女に溺れて変わってほしくないんだろうが……」
同情と少しの共感をのせて、クリフは再び酒を口にする。
(……………理想の上司、か)
長年求めて彷徨い、ようやく辿り着いた理想郷。
けれどそこもやはり、一筋縄ではいかないのだ。
ユリシスは、見つめ続けるテーブルの木目に過去を見る。
遠い、遠い過去の記憶。
それは、ある孤児院の古びた床の木目からだった。




