第7話 皇女のサロンと二人の騎士
「それではシルヴィア様、ごきげんよう」
「ええ、またいらしてね」
王宮の一角、皇女用のサロンで優雅に手を振りながら、皇女シルヴィアは楽しげにサロンを後にする令嬢たちを見送った。
彼女たちは数日前――シルヴィアの歓迎パーティーで自分に噛み付いてきた公爵令嬢――ヘンリエッタ・メイナードの取り巻きともいえる令嬢たちだった。
あの日彼女たちを『後日サロンに招待する』と言ったシルヴィアは、その宣言を違えず彼女たちをサロンに招待した。
(本当はヘンリエッタにも招待状を出していたのだけれど……さすがに彼女は来なかったようね)
しかし公爵令嬢であるヘンリエッタとは違い、皇女の招待などそうそう受けられず、断ることも憚られる地位の彼女たちは、おそらく内心びくびくしながら皇女兼次期王太子妃のサロンを訪れた。
そこでシルヴィアは、彼女たちを丁重にもてなしたのだった。
(北方ルクレール産の茶器に東方産の茶葉。それに南方タルシャの生地を取り入れたクッションも珍しかったようね)
サロンに入るなり、自国の調度品しか目にしたことのない彼女たちは、それらの繊細な芸術品に目を瞠った。
歓迎会での忠告を生かし、シルヴィア自身は正統なる王国風の装いに身を包み、その上で室内装飾に多少手を加え、異国情緒溢れる空間づくりをしてみれば、彼女たちはそれを大層新鮮だと物珍しがった。
(まぁもともと帝国は流行の発信地だし……東から西に文化が流れるから当然よね)
ウィルテシアは西方の大国だが、やはり大陸の西端に位置する分、どうしても流行は東から流れてくる。
そして必然、東方の流通の要ともいえる一大拠点の帝国は、いつの時代もあらゆる文化の最先端といえる流行を生み出していた。
(私はウィルテシアの文化も洗練されていて好きなんだけど……まぁ、人間見慣れるとどうしても新しいものに目が行くものだし)
そうして新しいものに目がない令嬢たちを取り込み、彼女たちに土産として『ささやかな魔法』をプレゼントしたのだ。
(まさか肌を綺麗にする魔法がこんなところで役に立つなんて……)
元々は魔術師時代に傷痕を消す魔法として友人に教えられたものなのだが、それに美肌効果があるとわかったので、利用させてもらったのだ。
卵形の入れ物に術式を組み込み、魔石で発動する魔道具として組み立てれば、それを手にした彼女たちは大層それを喜んだ。
(まぁ肌艶が目に見えてよくなれば、美容に敏感なご令嬢なら目の色を変えるわよねー)
定期的に使用しないと効果は持続しないとはいえ、その魔道具を彼女たちに貸し出せば、頬を上気させ無邪気な子供のように喜んだ。
おそらく彼女たちに任せれば、この魔道具の噂も三日と経たないうちに王宮中に広まるだろう。
そうすれば新王太子妃を目の敵にしている令嬢たちのいくらかは、この魔道具を材料に懐柔できるかもしれない。
「……ふぅ」
王太子ミリウスの妻になると決めた以上、彼の王宮はなるべく平穏に保っておきたい。
そのためにシルヴィアは、静かにできることを成す。
「シルヴィア様、お疲れでは……?」
侍女のベラが心配そうに問う声に、シルヴィアは笑顔を浮かべる。
「大丈夫よ。元々お喋りは好きなほうだし、彼女たちも根が悪い子じゃないとわかったから。あとはあのヘンリエッタという子とも話ができるといいのだけど……」
おそらくそれは、なかなかに難しいのだろう。
彼女のあの目はシルヴィアへの敵意で燃えていた。
それだけミリウスへの想いが強いのだろう。
ならばシルヴィアだって、それに負けるわけにはいかない。
(いまは今の私にできることをするだけ……)
次回のサロンには誰を招くべきか、どんなしつらいにするべきか。慣れないことに頭を捻りながらシルヴィアは小さく伸びをする。
そんなときだった。
令嬢たちが帰ったあとのサロンの入り口に、人影が立っている。
その人物たちは、侍女のベラに招き入れられると、静かに室内に入ってきた。
「シルヴィア様。今朝殿下が仰っていた近衛騎士の方々です」
近衛隊用の仕立てのいい制服に身を包んだ二人組が入室してくる。
それは、なんとも対照的な二人だった。
まず一人目は、シルヴィアも度々目にしている。
次期王太子妃である自分付きの近衛騎士――クリフ・オーウェン。
平民らしい飾らない黒髪に焦げ茶の瞳の、二十代半ばほどの長身の男だ。
どこかつかめない飄々とした印象ながら、実力は確かそうな足取りに、シルヴィアも一度話がしてみたいと思っていた。
そして二人目は、まだちらりとしか目にしたことのない――雪のような銀髪が印象的な、婚約者ミリウスの近衛の彼だった。
(近くで見ると本当に綺麗……)
氷の麗人、とでも言うのだろうか?
過酷な訓練を積んだ騎士ながら、その容貌は氷の貴公子と言っていいもので、これが淑女の騎士ならば、間違いなく実力ではなくその容姿で選ばれたのではと疑ってしまうような美貌。
白銀のさらりとした髪に、薄く紫の載った銀の虹彩が印象的な、生真面目そうな印象の青年だった。
(あれ……この人もしかして……)
ふとあることに気づき、シルヴィアはじっと彼を注視する。
すると、
「…………何か?」
「あ……いいえ、何でもないわ」
不快そうに寄せられた眉に、シルヴィアは慌てて首を振ると、友好的な笑みをつくる。
「神聖レムリア帝国皇女、シルヴィアです。あなたがたのことはミリウス――王太子殿下から聞いているわ。でもよければ改めて自己紹介してくれる?」
立場は大きく異なるものの、それでも同じ王宮内、誰より近い場所で生きる仲間だ。
次期王太子妃という立場を抜きにしても、一人の人間として、可能な限り友好的な関係を築いていたかった。
「あー……じゃあ俺から。すでにご存じかと思いますが、皇女殿下の護衛を仰せつかってます。近衛騎士クリフ・オーウェンです。俺は貴族や騎士家系出身じゃないもんで、無礼を働くこともあるかもしれませんが――まぁそこは勘弁いただけるとありがたいです」
庶民派らしい印象の騎士クリフ・オーウェンは、頭を掻きながら実に飾らない自己紹介をした。
(貴族のご令嬢相手だと少し砕けすぎた挨拶だけど……)
だからこそ庶民らしい親しみや、虚勢を張らない自然体な人柄が見て取れる。
(もしかして、私が気を張らなくていいように彼みたいな人を護衛に選んでくれたのかしら……?)
その人選から、婚約者ミリウスの思いやりを感じ取って、シルヴィアはひとつ頷く。
「クリフ……クリフ・オーウェンね。こちらこそまだ慣れないことが多いから手を掛けるかもしれないけれど。よろしくね」
自分の騎士に、きちんと認められる主人にならなくては。
せめてその最初の一歩として、シルヴィアは彼の名をしっかりと胸に刻む。
そして…………。
「そちらはたしか、王太子殿下の近衛騎士の方ですよね」
シルヴィアが続けて視線を向けると、銀髪の麗人騎士――氷の貴公子は居住まいを正す。
「王太子殿下付きの近衛騎士、ユリシス・ロウです」
「………………」
「………………」
「……え、ええと……ユリシス、それだけ……?」
もっと何か、書面でわかる以上の人となりというか、交流の切っ掛けのようなものがつかめるといいと思ったのだけど。氷の騎士ユリシスは冷たくその銀紫の瞳を眇めただけだった。
「これ以上何か必要な情報があるとは思いませんが」
(う…………)
ぴしゃりとはっきり拒絶の意思を見せつけられ、シルヴィアは浮かべた微笑みの下で内心動揺する。
「もし何か必要な情報を出せと命じられるのであれば――――そうですね。俺もこのクリフと同郷です」
「え……そうなの?」
途端に相方に見えてきた騎士クリフに視線を投げると、
「ですねー。ガキのころから一緒に育った兄弟みたいなもんなんで。ま、腐れ縁ってヤツです」
(そうなんだ……)
「なので、このクリフ同様、皇女殿下にはお見苦しい下々の下賤な言葉をお耳に入れることになるかもしれませんが。貴族の皆さまのように育ちがよいわけではありませんので、ご理解いただけると幸いです」
(………………これは……)
ピリピリと伝わるこの波動。
間違いない。
(これって、私……疑う余地もなく嫌われてる……??)
なぜ? という疑問が頭に浮かぶが、ここで悠長に考えている暇もない。
とりあえず精一杯の自然な笑みを浮かべて、自己紹介をしてくれた騎士たちを労う。
「あなたたちのことを教えてくれてありがとう。その、言葉遣いや生まれの習慣についてなら……お互い様だから、あまり気にしなくて大丈夫よ」
せめて彼らが少しでも自由に働けるよう主人として歩み寄ってみせれば……。
「………………でしょうね」
氷の騎士ユリシスは、凍りつくような冷たい瞳で、意味深にそう呟いた。
(え、ええと…………)
これって、大丈夫?
またひとつ、前途多難な王宮生活が幕を開けた。




