第3話 歓迎パーティーと悪役令嬢
「歓迎パーティー?」
「あぁ。現在王都にいる貴族たちを集めて、あなたが次期王太子妃として王宮に来たことを知らせるパーティーを開くんだ」
シルヴィアが問いかけると、ミリウスは嬉しそうにシルヴィアを見下ろした。
「これでようやくあなたを俺の婚約者として披露できる……」
帝国で婚約発表してから早2ヶ月。
二人が出会った最初のときから考えれば3年以上が経過していた。
その間ずっと自分を想い続けていたミリウスからすれば、ようやく漕ぎ着けた念願の瞬間なのだろう。
彼にしてはとても珍しく、今日は一日中幸せに頬が緩んでいる。
そんな彼をなんだか微笑ましいような、くすぐったいような気分で見上げていたのが約半日前――……。
いまのシルヴィアたちは、件のパーティー会場にいた。
王宮の小ホールには、色とりどりのスーツやドレスを着た紳士淑女が集っている。
さすが王家主催の会というだけあって、招かれる客の爵位も高そうだ。
(ただ、何となくみな年齢が若いような……)
見れば会場にいるのは主に十代から二十代の、若い貴族子弟が多いようだった。
「ん? あぁ、あなたも気づいたか。いまは社交期ではないからな。領地の経営がある領主たちは、特別な用がない限り王都にはいないんだ」
隣でミリウスが説明する。
「だから王都に滞在して宮中の仕事に当たったり、勉学に励んでいる各家の子弟を中心に招いたんだが……より大きなパーティーで大々的にあなたを紹介するほうがよかっただろうか……?」
心配するように問うミリウスに、シルヴィアは、一拍置いてゆっくりと首を振る。
(これはたぶん、ミリウスが私のために考えてくれた会なのよね……)
おそらく、いきなり貴族の当主が揃うような堅苦しいパーティーに出席する前に、まずは同年代の若い世代が揃うパーティーで、気の張らない形で王国社交界デビューを飾れるよう、考え抜いて配慮してくれたのだ。
同年代の若い貴族が多いのも、もしかしたらここで王宮内で過ごすための人脈作り――友人をつくれるように、との心配りなのかもしれない。
「ミリウス。ありがとう。私やっぱりあなたの奥さんになれてよかったわ」
そう言うとミリウスは、その綺麗な青い目を吸い込まれるように大きく見開いて、次の瞬間、溶けるようにあどけなくはにかんだ。
「あぁ、俺もあなたを妻に迎えることができて、世界一の幸せ者だ……」
そうして愛おしい婚約者の手を取ると、そっとそれを自分の腕に絡ませる。
「それでは、行こうか。シルヴィ」
「えぇ」
そうして二人、新たに王宮の一員として加わった次期王太子妃を待つ人々の前に、ゆっくりと歩み出す。
それは、これから二人で歩む人生を象徴しているようだった。
*
次々に挨拶に訪れる貴族たちに、柔和な笑みを浮かべ1時間ほど経ったころ――。
会場内に据えられた王族専用の長椅子に、ミリウスと並んで腰かけながら、シルヴィアは彼から差し出される果実水を受け取った。
皇女らしく上品にグラスに口づけながら、隣で同じく喉を潤す彼を見上げる。
「ん?」
優しくシルヴィアを見下ろす彼は、さすがに立派だった。
共に貴族たちの挨拶を受けて回っていたが、彼の前では誰もが彼を尊敬し、直接言葉を交わせることの光栄に、その頬を上気させていた。
それだけ彼は、ここでは人心を集める為政者の一人として、多くの者に支持され敬われているのだろう。
(なんだか……くすぐったい)
未来の夫が人々に慕われていることが嬉しくて、胸の奥が自分事以上に温かくなる。
そんな気持ちをどうしても伝えたくて、シルヴィアは心から湧き上がる喜びのままに微笑んだ。
「あなたが人気者で、私とても嬉しいわ」
それは誇らしささえ伴うようで、シルヴィアは真っ直ぐにミリウスを見つめる。
……が、
「…………それは、あなたにそう言ってもらえるととても嬉しいが……」
なぜか喜ぶでも照れるでもなく、彼は神妙な顔をした。
「?」
「俺は……あなたのほうが……」
「??」
「あなたのほうが人気なのが、嬉しいようで……もどかしい」
ミリウスは言い表しようのないもどかしさを抱えるように、シルヴィアの手をぎゅっと握り込む。
「あなたのことだから気づいていないだろうが……会場にいた若い男たちは、皆あなたに釘付けだった。今夜はあなたを俺の婚約者として紹介できたから誇らしい気持ちでいられたが……そうでなければ…………」
「なければ……??」
「……きっと――――嫉妬していた」
そう零すミリウスは、その青い瞳を熱く潤ませながら婚約者の指をなぞる。
「あなたは俺のなのに。そう思うと、あなたに焦がれる男たちからあなたを隠してしまいたくなる」
素直な気持ちを反省するように吐露されると、シルヴィアとしては恋人の熱い愛情に、真摯に応えなくてはという気持ちになる。
「それならもっと、私があなたを愛してると言えばいいのかしら? あなたの隣にいるのが、あなたが思うよりもっとあなたに夢中な婚約者だとわかれば、あなたも安心できるでしょう?」
「……!」
自身の手を包む大きな手のひらを、返した指で握り込んで、そっと私はあなたのものだと温もりで伝える。
「シルヴィ……!!」
多くの者の目があるなか、威厳ある王太子として抱き合うことはできないけれど。
それでも二人の間ではそうであるように、皆には見えない場所で固く手を握り合う。
未来の妻を愛してやまないその視線を、微笑ましい気持ちで会場中が遠目に見守る。
ただ一人――――
ギリ、と歯軋りをした華やかな令嬢を除いて。




