第2話 未来の妻を愛してやまない旦那様
王宮に着いたその直後、皇女シルヴィアは婚約者である王太子ミリウスに連れられて、彼の父――国王陛下に挨拶することになった。
未来の夫となる人の父――それも一国の王でもある人に結婚を反対されたらどうしよう……!
そう身構えながら向かった謁見だったが、その結果は拍子抜けするほど簡単にシルヴィアは受け入れられたのだった。
ミリウスに面立ちの似た威厳のあるその人は、事前に息子から話を聞いていたのだろう。シルヴィアの登場にひとつ頷くと、『息子を頼む』とだけ言って、優しい眼差しでシルヴィアのことを送り返した。
その様子はまだまだ健在で、一時期病に伏せり、仕事の一部を息子たちに任せていた――そんな話が嘘のようだ。
「陛下はああいう方だからな。いまはあなたが心配するようなことはないが、もう少し周囲を頼ってくれたら……そう思う。……まぁこればかりは、俺がもう少し陛下をお支えできるようになればいいだけだが」
そう言って微笑する彼は、我が婚約者ながらとても頼もしい。
「なら私は、そんなあなたを支えればいいのかしら?」
いたずらっぽくそう笑うと、彼は目を丸くして――そして幸せそうに破顔した。
「あぁ、そうだな。是非そうしてくれ」
そうして二人で他愛ない話や宮殿内の案内を交えながら、ある部屋へと辿り着く。
「ここが今日からあなたの私室となる部屋だ」
そう言ってミリウスに案内されたのは、王宮奥深くにある一室だった。
ウィルテシアの立派な宮殿に比例するように大きな扉には百合の文様が描かれている。
室内に入るとそこは高い天井に白亜の壁、控えめながら豪奢な家具が備えられた立派過ぎる部屋だった。
「え……? ここが私の……?」
ある程度の予想はしていたが、それを上回る居室に落ち着かない。
帝国では歴史ある古い城ゆえのそれほど高くはない天井の部屋に住んでいただけに、その格差にシルヴィアは戸惑った。
「あなたが好むかはわからないが……王太子妃となる者の部屋だ。気に入ってくれると嬉しい」
まだまだ豪奢なものに慣れないシルヴィアのことを理解しつつ、それでも王太子妃としての品格を保てるよう、気を配りながら彼が用意してくれた部屋なのだろう。
「ええ。とても気に入ったわ。ありがとう」
その心配りが嬉しくて、シルヴィアは微笑む。
そうして、新たに自分の私室となった部屋をぐるりと見て回った。
「あら? この扉は?」
居間の入口側から見て左手に、隣の部屋へと続く扉があった。寝室などに続く扉は反対側にあったから、こちらは何なのだろうと首を傾げる。
「それは……」
「?」
「…………夫婦の寝室への扉だ」
「?!」
ついと視線を逸らし、恥ずかしそうに言葉を落とす彼に、シルヴィアもまた動揺する。
「へ、へぇ……そうなんだ」
「市井では夫婦は共寝をするものだと聞いたから……」
たしかにシルヴィアの認識もそうだった。
自分は皇女の身に生まれながら、訳あって長らく市井で暮してきた。
だからそのことは十分理解しているものの、こうして我が身のこととなると落ち着かない。
自分の部屋と、その隣にあるという彼の部屋の間に設けられた寝室の存在に、シルヴィアは茹で上がって俯いた。
「もちろん式を終えるまで部屋は閉ざすつもりだが…………その……嫌、だっただろうか……?」
ミリウスの恐れるような不安に揺れる声に、シルヴィアは弾かれたように顔を上げる。
彼にそんな不安を与えたいわけではなかった。
「ち、違うの……その…………嫌じゃ、ない……」
「!」
「ただ、まだその……実感がないだけで……」
彼とは出会って1年近くの時を共に過ごしたが、それでも恋人として想いを交わしてからはわずか一日だ。
つまり、まだろくに恋人として過ごしていない。
なのに夫婦のあるべき姿に直面して、少し怯んでいるだけで…………。
「シルヴィ」
しかし彼は恋人の返答に嬉しそうにゆっくりと歩み寄ると、シルヴィアのこと優しくを抱擁する。
「これからのことは、二人でゆっくりと時を進めていけばいい。これからは……時間は永遠にあるんだ」
そう言って、ようやく二人で落ち着ける場所に来たことに安堵したように、幸せそうに彼は囁く。
「シルヴィ…………愛している」
そうして彼の綺麗な空色の瞳と整った鼻筋が近づいて――――そっと触れるようなキスをした。
まだ慣れない感触。
けれどその瞬間が、彼の大きな手のひらに頬を包まれる感覚が、とても心地がいいのだと知ってしまった。
続きをねだるように再び彼の唇が近づいて、シルヴィアのそれを何度も啄む。
ようやく二人で恋人として過ごせる時間を喜ぶように熱を増すそれに――――突如、コンコンと部屋の扉がノックされる。
「失礼いたします。シルヴィア様、到着が遅くなり申し訳ございません――」
王宮側の使用人と業務の打ち合わせをしていたという侍女のベラが、扉から顔を出した。
(っ――!!)
慌てて弾かれたように距離を取り、居住まいを正す。
そんなシルヴィアとは対照的に、見上げればミリウスは―― 一瞬残念そうな顔をしたものの――次の瞬間には完全に平時の姿へと戻っていた。
「これは……王太子殿下。こちらにおいでだとは知らず……失礼いたしました」
「構わない。シルヴィアのために急いで来てくれたのだろう? 感謝する」
勿体ないお言葉です、と頭を下げる侍女のベラを労いつつ、ミリウスは名残惜しそうにシルヴィアの頬を撫でる。
「それでは、シルヴィ。またあとで」
「?」
「彼女の準備は――侍女のきみに任せられるか?」
「仰せのままに」
「では……王太子妃、それも皇女である彼女に相応しい装いを頼む」
「????」
シルヴィアだけが何のことかわからず話が進んでいく――。
「どういうこと?」
問いかけたシルヴィアの問いに、ミリウスは柔らかく微笑む。
「今晩、あなたの歓迎パーティーを用意している。そこであなたを――俺の婚約者として紹介する」




