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第1話 皇女、王国へ嫁ぐ


「お可哀想な皇女様……。政略結婚だなんて、あんまりじゃないか」


「お小さいときにあんなに辛い目に遭われて……。やっと兄君である皇帝陛下と平穏に暮らせるようになったのに、こんなことになるなんて――」


 歴史ある帝国――その帝都で、民衆が口々に皇女の身の上を嘆き悲しむ。



「しかも相手は、その日会ったばかりの王国の王子だって話だろう? なんでも城に押しかけたその日に無理矢理婚約を結んだとか……」

「でも、相手は大層な美丈夫だと聞いたぞ」

「そんなので幸せになれるもんかい! 相手はきっと皇女様のお姿にしか興味がないんだよ」


 憤懣ふんまんやるかたないといったていで、宿屋のおかみが立腹する。


「あぁ、皇女様。帝国あたしたちのために……」



 民衆は口々に嘆き、そして両手を組み合わせる。

 街を静かに、葬列のように抜ける皇女の馬車を見送って。

 そのこれからの人生を祈るように、両手を組み合わせて目を閉じた。





          *




 大陸の西端に位置する大国、ウィルテシア王国の街道を、馬車の車列が突き進む。

 主たっての願いで、『最小限の護衛で、あまり華美にならないように』と頼まれた馬車は、それでも左右前後を屈強な騎士たちに囲まれ、その中央に位置する馬車には、誰かに大切に守られた貴人がいることを示していた。



「帝国を出てから随分経ったけど……ようやく旅も終わりね」


 車窓から行く手に見える巨大な街――ウィルテシア王国の王都を目にし、一人の淑女が息をついた。


 神聖レムリア帝国皇女シルヴィア。

 今日、これからかの国の王太子に嫁ぐ身だ。

 正式な式自体は先なものの、少しでも早く王国に慣れてもらいたいと先方たっての希望で、今日から王国入りすることになっていた。



「シルヴィア様、御髪が……」


 車窓から吹き込んだ風で、シルヴィアの長く艶やかな黒髪が揺れる。

 それをそっと整え直してくれた侍女に、シルヴィアは礼を言う。


「ベラ、あなたも付いてきてくれてありがとう」

「いえ。シルヴィア様のおられる場所が、私のいるべき場所ですから……」


 そう言って、はるばる帝国から自分のためだけに付いてきてくれた彼女。

 そんな忠義に篤い侍女といくつかの身の回りの品だけが、シルヴィアが帝国から持ち込んだものだった。


 皇女の結婚にしては、あまりに少ない輿入れの荷。



『あなたの必要なものはすべてこちらで用意する。だから一日でも早く王国に来てほしい』



 先方の強い要望に応えるため、婚儀に伴う祝祭や祝いの品など、可能な限りを辞退して、ほぼ身一つに近い状態で国を出た。


 それを『皇女の晴れの日にしてはとても寂しい』と嘆く者もいるけれど、シルヴィアは少しも気落ちしていない。


 なぜならこれから行く先は…………。



 車窓の先に見える王都。その中心にそびえるだろう王宮にいる人物に思いを馳せ、シルヴィアはそっとその目を閉じた。










 ウィルテシア王国、その王都の中心に壮麗に広がる王宮――その前庭に、一台の馬車が静かに停車した。

 レムリア帝国の御旗を掲げ、ほかの荷積みの馬車とは別に堂々と正門前に停車したそれは、この世で最上といえる貴人が乗る馬車だった。



 馬車が止まるなり王宮の使用人が駆け寄ってきて、馬車の扉を恭しく開放する。

 開け放たれた扉から吹き込んだ柔らかな風を浴びながら、皇女シルヴィアは、この日初めてウィルテシア王宮の石畳に降り立った。


(ここが……ウィルテシアの宮殿……)


 白と淡い水色を基調とした宮殿の前には、乳白色の美しい石がどこまでも精緻に敷き詰められた前庭が広がる。


(綺麗…………)


 その壮麗な視界の先に、一人の人物が佇んでいた。



 遠目にもわかる長身。均整の取れた、長い手足を持つ体躯。目映いばかりに輝く金の髪。

 そして彫刻のように整った面立ちを飾る、淡い空色の瞳。


 人々の理想を詰め込んだような、奇跡の造作の青年がそこに立っていた。



 そう、彼こそが、ウィルテシア王国王太子。

 ミリウス・ウィルテシア・ヴェルトリンガム――――。


 皇女シルヴィアを、結婚相手にと求めた人。

 そして『一日でも早く王国へ』と、シルヴィアの来訪を待ちわびていた人物でもあった。



「シルヴィ……!!」


 彼はまるで百年の時を待ったように、ゆっくりと―― 一歩を踏み出し、やがて足早に駆けるとシルヴィアのことを力一杯抱きしめる。


「ミリウス……!」


 その万感の抱擁を受け止めながら、シルヴィアもまた彼の背にそっと腕を回した。




 巷では『政略結婚』だと噂される不遇の人生を送る皇女。


 けれどその噂は、少し真実ではない――。



 彼と自分は、婚約の日に初めて会ったわけではなく――それよりはるか以前。

 数年前に別の場所で出会い、共に短くはない時間を過ごし、絆を育んだ間柄だった。


 だからこれは、紛れもなくシルヴィア自身が望み選んだ結婚――。

 その離れていた時間を埋め合わせるような、人生最良の日が今日というこの瞬間だった。



 未来の夫――ミリウスの甘い視線が一身にシルヴィアへと注がれる。

 そうしてその喜びを溢れさせるように整った鼻筋が近づいて――――……。



「!! ちょ、ちょっと待って……!」


 

 シルヴィアは慌てて未来の夫の唇に蓋をした。


「ム……」

「その……あの、ここ人前でしょう……?」



 シルヴィアが視線を巡らせる周囲には、まだばっちりと使用人たちが揃っている。

 いくら念願の再会だとはいえ……シルヴィアにはまだ彼らの前で()()をする勇気がない。



「…………そうだな、すまない。あなたに会えて早まりすぎたようだ」


 ミリウスは少しだけ残念そうに、けれど未来の妻をおもんばかって、微笑を浮かべながら引いてくれた。



 そして『では』と場を仕切り直すと、シルヴィアの細い指先をそっと掬い上げる。

 そして今度はその指先に口づけを落とすと、彼は言った。





「ようこそ。ウィルテシアへ。――今日からここが、あなたの国だ」 






心機一転、舞台を学院から王宮に変えての新章です。

舞台が変わったので、登場人物もメイン二人以外はがらりと変わる予定です。

恋人となった二人の王宮生活を、一緒に楽しんでいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
2章からもとてもワクワクしてお話読ませていただいています! ミリウスとシルヴィアの一途でぶれない相手への想いに毎回うっとりしています。
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