プロポーズをもう一度 8(終)
婚約発表の夜会を一夜明け――ミリウスが王国に帰る日がやってきた。
シルヴィアは見送りのために城門に立ちながら、忙しなく彼の周りを歩き回る。
「食料は? 水は? ちゃんと持った? 体調を崩したときの薬類は念のために持っておかないと、すぐには手に入らないから――」
「シルヴィ」
「!」
振り返ったミリウスに呆れぎみに苦笑いをされて、シルヴィアは赤くなる。
「俺はそんなに子供扱いされるような年ではないんだが……」
「ごめんなさい……」
「それともあなたの中では、俺はまだ頼りない『生徒』のままなのか?」
そう言って優しく髪を撫でられる。
するとたちまち昨夜のあれこれが蘇って、シルヴィアはそれを振り切るように全力で首を振った。
「そうじゃないの。そうじゃないから……」
だから心配になってしまう。
『生徒』だったころの彼なら、どんなことがあっても安心して送り出せるだけの頼り甲斐があった。
その点は、きっといまの彼も変わらない。
だから変わったのはきっと、ほかでもない自分の心の中で――……。
きゅう、と締め付けられる胸の奥に、シルヴィアは正直な気持ちを吐き出した。
「……行かないで」
「!」
「あなたと離れたくない……。置いていかないで……」
自分でも信じられない。
少し前まではあれほど彼を宥める立場だったというのに、一度幸せを享受してしまえばこれほどに心は脆く、寂しかった。
ずっと、ずっと欲しかった、心の隙間を埋めてくれたのが……彼だった。
「っ……!!」
ミリウスが、弾かれたように抱きしめる。
その大きな腕のたくましさを、温もりを。どうしようもない安心感を知ってしまったから、シルヴィアはそれから逃れたくなくて腕を回す。
傍目にはどう見ても長らくずっと想い合ってきた恋人同士のような抱擁をして、二人はじっと静かに抱きしめ合っていた。
「シルヴィ……。俺も、今すぐにでもあなたを攫っていきたい」
「うん」
それができないことをどちらもわかっているから、互いに静かに相手を抱く。
「だから、なるべく早くあなたを迎えられるよう準備をする」
「……うん」
「手紙も……たくさん書こう」
「…………うん」
彼のことだ、きっと溢れんばかりの量を届けてくれるだろう。
「嬉しい。でも……無理はしないでね」
「無理なものか――」
そうして彼は、愛おしげに髪にキスをする。
「待ってるから――」
ここで。あなたからのその報せが届く日を。
ずっと。指折り日を数えながら。
それほどまでに、一度認めてしまえば大きすぎる気持ちを抑え込みながら、シルヴィアはなるべく彼の記憶に焼きつくよう満面の笑みで微笑む。
「でも、あんまり遅すぎると――――婚約したことも忘れちゃうから。気をつけてね?」
いたずらっぽく、寂しさを紛らわすようにそう言うと、
ミリウスは驚き、しばし口を尖らせて――、
「なら、そのときはもう一度プロポーズしよう」
何度でも、何回でも。あなたに再び受け入れられるその日まで。
「でも、もしかしたらその時までにほかの人にプロポーズされる可能性も……」
「それは無い。絶対に、無い」
そんなことはさせない。させる余地を残さない、と。
ゴゴゴゴ……とでも地響きのしそうな圧でミリウスは迫る。
「忘れられかねないのなら、毎日手紙で求婚しよう」
「! それはさすがにやりすぎ……」
「やりすぎなものか」
「!」
手を取られ、優しく広げられた手のひらの――薬指の根元を吸われる。
「忘れっぽい恋人には、印をつけておかないとな?」
「っ……!」
「じきにここに、この世に二つとない『証』を送ろう」
ほかの誰も――手をつけることなどできないように。
二人を分かつことのできない、その証を。
「……待ってる」
ずっと、ずっといつまでも。
春の日射しが柔らかく、二人を包むように降り注いでいた。
これにて後日譚は終了です。
二人をいちゃいちゃさせることが目標だったので、一応達成できた…のかな?
この先の二人については、書いてもすごく亀更新になると思うので
都度上げるべきか、半年分くらい溜めてまとめて上げるべきか迷いますね。
愛しい恋人を手に入れて溺愛全開のミリウスは書いていて楽しいので、
もうしばらくはこの二人を追いかけたいなぁと思います。




