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プロポーズをもう一度 7


 黙したままのミリウスに連れられて、シルヴィアはホールの喧噪から離れたテラスへといざなわれる。


 そこは春の夜風がそっと髪を攫い、屋内とを隔てる厚いカーテンのおかげで、ようやく人目を気にせず、ゆっくりと彼と話ができるような気がした。



「ミリウス……?」


 道中耳を掠めた予想外の不意打ち(キス)に物言いたげに彼を見上げると、


「すまない……」


 彼は申し訳なさそうに項垂れた。


「あなたがあの男に取られるような気がして……」

「どうしてそんなことを思ったの」


 シルヴィアとしてはある意味心外な杞憂だが、普段は冷静で落ち着きのあるミリウスがここまでするということは、きっとそれだけの理由があるのだろう。

 そう思いシルヴィアが静かに待っていると……。



「あなたの……婚約者だったんだ」


 ミリウスは、とても……とても嫌そうな表情でぽつりと零す。


「あくまで皇帝が決めた、俺をおびき出すための餌だったんだろうが……」



 そうしてミリウスは、王国にいた自分に寄越された、シルヴィアの偽婚約パーティーの招待状の話をする。


「その相手が、あの男だった……」


 だから、その名を聞いた途端、我慢ができなかったのだと。



「俺は絶対にあなたを手放せない。もしあなたがあの男と婚約させられても、たとえ式の当日だとしても……絶対にあなたを奪い返す……」


 まるでその現場を今まさに脳裏に描いたように、強い瞳でミリウスはシルヴィアのことを見つめ続ける。



「…………」


 そこまで想われて嫌な気のする恋人など、きっとほとんどいないだろう。


「大丈夫よ。あなたとの婚約は、今夜正式に発表されるんだし……それにたとえほかの誰かを薦められても、私は絶対に選んだりしないわ。……あなた以外を」


 そう告げると、ミリウスは感極まったようにシルヴィアを柔らかく包み込む。

 そうして愛おしむように抱きしめると……ぽつりと漏らした。


「それでも……不安なんだ。あなたとまた離れなくてはならないと思うと」

「…………」

「怖くて……恐ろしくて……またあなたと二度と会えなくなるような気がして――」


 自分が彼のもとから旅立った事実は、彼の心に簡単には癒やせない傷となって残ってしまっている。



(すべては騙すように逃げた私の所為――……)


 ならば、そんな彼に自分ができることはあるだろうか?



「ねぇ、ミリウス」

「……」

「私、どうすればいい? どうすればあなたを安心させてあげられる?」


 自分を抱きしめ、縋りついて話さない恋人に、シルヴィアはそっと手を伸ばす。


 抱きしめて、頬を寄せて。

 そして少しだけ体を離すと、まっすぐにその目を見つめる。


 揺れるように惑う空色に、大好きなその瞳に。

 シルヴィアはそっと微笑むと柔らかく告げる。



「私、あなたのためならどんなことだってできるから」



 それは、命をなげうつことだって惜しくないくらいに――。


 ずっと、ずっと前から変わらないこと――……。





「っ……!」


 シルヴィアのありのままの心を伝えると、ミリウスは唇を引き結ぶとシルヴィアを強く抱きしめる。

 掻き抱くように、全身で強く離さないと抱き寄せて――そしてふっと力を抜くと、シルヴィアの両肩をつかんでそっと離した。



「なら……愛していると、言ってほしい」


 ぽつりと呟くように落とされた言葉。


「まだその言葉は、あなたから聞いていない……」



 そう……だっただろうか?


 あまりに当たり前すぎて口にしたかも覚えていないその言葉が、伝えられていなかったことでより彼を不安にさせていた。

 もしそれが本当なら――それは自分の過ちだった。



「ごめんなさい……あまりに当たり前過ぎて……」


 伝えていなかったなんて。

 ……けれど結局それは言い訳だ。

 彼に愛されることに、彼が想いを伝えてくれることに甘えて、彼への愛情表現を疎かにしていた自分の責任だった。


 まったく逆の立場なら、自分こそ不安になっていただろう。



「ミリウス。……愛してる」


 一度言葉にしてみれば、その気持ちはどんどん胸の内で膨れ上がった。

 目の前で自分を一心に見つめるその人が、愛しくて愛しくて堪らない。

 二度と離れたくない。二人でひとつで在り続けたいと思うくらいに。



「……それは、『生徒』として?」

「!」

「あなたは、誰にだって愛情深いから……」


 ミリウスの恐れるような、試すような視線が絡みつく。



「……違うわ。あなたはそのほうがいいの?」


「……嫌だ。もう『生徒』では満足できない。あなたの『男』としての俺がいい――……」


「っ!」



 そうして見つめるのだ。


 あの、狩人のような、獅子のような。逃がす気のない獲物を前にした、圧倒的な『何か』の目をして――。



「シルヴィ」


 促されるように、甘く名を呼ばれる。


 囁くように『あいしてる』と告げる唇が近づいて――。


 逃げる間もなくキスをしていた。




 触れるように。ついばむように。

 繰り返し。何度も。


 シルヴィアの呼吸に合わせるように、優しく、けれど逃れる隙もないよう唇を重ねられて。


 甘く唇を交わらせるような感触に、溶けているのは二人の輪郭か、それとも脳か、何も考えられなくなる頭に姿勢を崩しそうになる。


 そんな背後に倒れそうになった恋人の腰を抱いて、宙を彷徨う手をつかみ、尚もミリウスは自分を追い求める――。



 縋る場所を求める手をつかむ大きな手の感触。

 彼のことしか考えられない瞬間が、なぜか幸せで――もっと、もっと浸っていたいとさえ思ってしまう。

 夢見心地な、幸せの時間――――。








 けれどそれは、突然の終わりを迎えた。



「…………これ以上は」



 バツが悪そうにミリウスは体を離すと、残念そうに恋人の頬に手を添える。



「あぁ、やはり……あなたは渡したくないな」


 誰にも。絶対に。


 そう告げる腕の中で、シルヴィアは呆けたまま恋人であるミリウスを見上げる。


「あなたのこの姿を見ていいのは俺だけだ」



 名残惜しむように恋人の頬を撫でると。

 今度は身を屈めて、そっと頬に触れるだけのキスをした。





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