プロポーズをもう一度 5
広いホールに、色とりどりの紳士淑女が集っていた。
レムリア宮らしい白を基調とした神々の衣装のような衣に鮮やかな掛布をまとった男性に、あちらは属国の外交官だろうか――レムリアの正装とは対照的に、ややくすみがかった極彩色の布を継ぎ合わせた民族衣装を着た男性がいた。
多くの属国、属州を抱える多民族国家らしい帝国の縮図ともいえる光景が、ホールいっぱいに広がる。
そんな光景を前に――――シルヴィアは、隣に立つミリウスのもとにそそくさと身を寄せる。
この異国情緒溢れる広い会場では、そこがシルヴィアにとって一番安心できる場所だった。
「ミリウス……。私、上手にできていたかしら?」
「ええ。皇女に相応しい挨拶でしたよ」
小声で問いかければ、まだ婚約発表前のあくまで他国の王子という関係性だからだろう――ミリウスは昔を思い出すような口調でシルヴィアに微笑む。
「本当に?」
「ええ。会場中があなたに釘付けでした」
シルヴィアはつい半時間前――――皇帝エミリオに手を引かれ、皇女としてのお披露目と社交界デビューを果たしたばかりだった。
(ちゃんと信じてもらえたんだ……よかった)
何しろ16年ぶりの突然の発表だったのだ。
先の政変で亡くなったと思われていた皇女が、何の前触れもなく『実は生きていました』――なんて、絶対に信じてもらえないだろうと思っていた。
けれど皇帝自らによる発表や、その兄妹瓜二つの見た目に、きっと誰もが現実を認めざるを得なかったのだろう。
唯一の肉親を守るため16年間も秘匿していたという兄妹愛の美談に、会場中が酔うようにざわめいていた。
「ミリウスもさっきはありがとう。きっとあなたが一番に挨拶に来てくれたから、他の人も信じてくれたんだと思う」
多くの外国の大使や貴族が戸惑うなか、いの一番に颯爽と挨拶に来てくれたのが彼だった。
大国の王太子が認めるならば、それに異を唱える理由はない―― そういう『流れ』を、きっと彼はつくってくれたのだ。
「いえ…………」
けれど彼は、シルヴィアの素直な感謝に微妙な返事をした。
「?」
「たしかにあなたが正真正銘の皇女だと認められる一助になればとは思いましたが……」
「が?」
「それよりも…………変な虫はつけたくなかったので」
「??」
ミリウスは渋い顔をして、あたりを睥睨する。
そういえば先の挨拶のときも、去り際にちらりと見えた横顔は、何かを牽制するように鋭かった。
「シルヴィ……。できれば今夜は、あまり俺から離れないでください」
「どうして?」
「皆があなたを花嫁にしようと狙っています」
「まさか……」
そんな今日ポッと現れたばかりの人間を……?
信じられない思いで周囲を振り返ると、確かにいくつもの視線が自分に向けて注がれていた。
悲劇の皇女の生還に、瞳を潤ませる婦人たち。
皇女の真偽に今ひとつ半信半疑な、慎重な外国の大使たち。
そして皇女が本物ならば――自分にもまだ『可能性』はあると、立身出世を目指し、狙いを定める若い紳士たち――……。
たしかに、新たに現れた皇女に対し、様々な感情や思惑を持った視線が注がれていた。
「あなたとのことを、今すぐにでも公表できればよかったのに……」
そうすれば、邪な視線が恋人に注がれるのを黙って見ずに済んだのに……とミリウスは表情を曇らせる。
「邪な視線って……」
「あなたは自分の魅力をわかっていない」
ミリウスは真剣に釘を刺すように忠告するが、生まれてこのかた人生の大半を常人以下の扱いしか受けてこなかった身としては、その認識を修正するのは難しかった。
「じゃあ……あなたが守ってくれる?」
「!」
「まだ婚約発表はできないけど、親しげにしている様子くらい見せられるでしょう?」
それで察して諦めていく者もいるだろう。
どうせこの会の最後には、婚約を発表するのだから……とシルヴィアは気軽な気持ちで提案したのだが……。
「ああ! そうだな!」
ミリウスはその言葉を聞くなり、意気揚々とエスコートを始める。
もしかしたら、今夜はシルヴィアの生存報告会なのだから……と、どこか遠慮していたのかもしれない。
恋人の手を取り自分の腕に絡ませると、衆目をものともせず管弦楽が鳴り響くホールの中心へと進み出る。
そうしてホールの中心で恭しく恋人の手を取ると、まるで自分のものだと宣言するように指先に口づけ、甘やかにその体を引き寄せる。
そうして二人は、優雅にダンスを踊る。
二年ぶりのその瞬間を、心から待ちわびていたように――。
ミリウスは、ずっと幸せそうに笑っていた。




