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プロポーズをもう一度 4


 長い……長い道を歩いていた。


 どこまで続くかわからない。どこへ行くかもわからない。


 ただただ長い――――長すぎる道。





 ミリウスは、一人きりで道を歩く。



 いつか、その日が来ることを願って――――。






 そして、その影は突然現れる。



 遥か丘の向こう、春の花が咲き乱れる花畑へと続く道に、その人影を発見して――――。



『――――先生!』



 少年は駆け出した。







       *






「ん…………」


「あ、ミリウス。起きた?」


「先せ……いや、シルヴィ……??」



 ミリウスが深い眠りから目覚めると、ごくごく至近距離から愛しい人の声がした。


「よほど疲れてたのね。あのまま眠っちゃうなんて……」


 先生――もとい、シルヴィは、ミリウスの腕の中にいた。

 長椅子に腰かけて眠ってしまっていた自分の腕の中で、彼女はこちらをその綺麗な瞳で振り返る。


「ここは……」

「私の私室よ。覚えてない? 途中まで二人で話をしてたんだけど……」

「俺が眠ってしまったのか……」


 彼女との貴重な時間を無駄にしてしまったことへの後悔と、同時に目覚めたとき、自分の腕の中に彼女がいるという喜びが共に湧き起こる。



(あぁ……あなたがいる…………)


 自分の腕の中に。とくり、とくりと、脈打つ鼓動が感じられるほどの距離に。

 男に背後からその腰を抱かれているというのに、嫌がることも、逃げることもせず。自分が目覚めるまでそのままの状態を許してくれたことに、本当に自分は彼女に受け入れられたのだと実感する。


「シルヴィ……」


 幸福感に身を任せ、そのまま更に抱き寄せれば、何故か彼女は心配そうな顔をした。



「ミリウス……大丈夫? 仕事とか無理してない??」


 どうやら彼女は、恋人が寝落ちしたことで、過労を心配したようだ。


(たしかに、学生時代にもそんな失態を見せたことはなかったが……)


 というか、そもそも自分は、人前で寝落ちをしたことがない。

 会話中は当然として、そうでなくとも、人前で寝られるようにはできていないと思っていた。



(けれど彼女の前では違った……)


 学生時代の自分では、ついぞ知ることもできなかったが、彼女を腕の中に抱きしめていると、得も言われぬ幸福感に包まれて、そのまますべてを彼女に預けたくなってしまう。


(もちろん夜通し馬を走らせた疲れはあっただろうが……)


 それを抜きにしても、彼女には、その甘い匂いや温もりや――――ミリウスを惹きつけてしょうがないそのすべてが、自分を無抵抗で眠りに落とすような不思議な魔力があった。



「本当に……大丈夫?」

「あぁ。ここに来るまで多少無理をしたから、そのせいだろう。シルヴィが心配するようなことはないよ」

「そう……? ならいいけど……」


 自分に会いに来るため、と聞いて、シルヴィは少し申し訳なさそうにこちらを仰ぐ。


 その小動物のような頼りなさになぜかぐっと腹の底を刺激されて――――少し、いじわるをしたくなった。



「シルヴィ」

「?」

「俺はどうやら、シルヴィがいるとよく眠れるみたいだ」

「そうなの?」


 その甘く狂おしい重みに、恋人が新たに嵌まりつつあることなど露知らず、自覚なくシルヴィはこちらを仰ぐ。


「学院を卒業して――あなたがいなくなってから、満足に眠れた日など一度もなかった」


 どれほど十分な睡眠を取ったとて、いつも訪れるのは最悪な目覚め――――。

 彼女がいない今日を突きつけられるだけの、絶望を塗り重ねるような朝だった。


「けれどあなたがいると違う。シルヴィ、あなたがいるだけで俺は幸せに目覚められる」


 それは心の底からの感動と……感謝だった。



「そんなに……??」


 当の本人は、もちろん自覚などないだろうから、戸惑い不思議そうに首を傾げるだけだが。


「あぁ、本当だ」

「なら――――」


 彼女は恋人を見上げながら、無自覚そうに他意無くそれを呟いた。


「なら――――眠れないときやぐっすり寝たいときは呼んでいいよ? すぐに行くから」


「………………」


 望んで、この言葉を引き出そうと掛けた鎌だったが。

 こうも簡単に引き出されてしまうと、却って心配になってしまう。


(ほかの男が相手でも同じことは……言わない…………よな?)


 これは自分への愛情と、信頼の証だと思っていいはずだ。



(ただ…………)


 彼女がいるとよく眠れるのは本当で。

 自分を選んでくれた彼女に感謝が募り――――大事にしたいと思うのも本当で。


 けれど。


 同時に。



 もっと彼女に触れたいと思ってしまうのも本当で――……。




 彼女は、今日のような昼寝や、夜に子供を寝かしつけるときのことを想像したのかもしれないけれど。


 それでも、十分過ぎるほどの幸福を貰えるけれど。



 でも、心の奥底では――――もっと、もっと彼女を知りたい。


 もっと『触れたい』と思ってしまう……。




 まだ見たことのない彼女の一面が知りたい。

 それを引き出せるのが自分だけだということを実感したい。


 彼女の予想もできない一面を引き出して……。


 溺れて、


 溺れさせて、



 どうしようもなく一つになりたい――――……。





 そんなことを思ってしまう自分は、欲が深すぎるのだろうか。


「……?」


 無防備に恋人の腕の中で首を傾げる姿に、いっそ罪悪感すら湧き起こる。


「シルヴィ……」

「?」

「俺はあなたを大切にしたい」


 心から、そう思う。

 世界で一番大切に。傷つくことのないように。



 けれど同時に、もし彼女が傷つくことがあるのなら――――それは自分の所為であってほしいと、自分が与えた傷であってほしいと、そう願う。


 あなたの喜びも、涙も、すべて自分が関わるものであってほしい――――……。



 そんな、あまりにひどい身勝手を――――。



 彼女は、いつか許してくれるだろうか。






「大切にしてくれるのは嬉しいけど……」


 彼女は困ったように首を傾げる。



「私…………そんなに脆くないよ?」



 人よりも、丈夫さには自信のある彼女らしい発言に。



「あぁ……そうだったな。なら…………――期待してる」



 何を、とは言わないが。

 いつか彼女の許しを得た日に――――。




 二人で目覚める朝が、幸せなものでありますように。





 ミリウスは、腕の中の大切な――大切な宝物を、そっと……そっと守るように抱きしめた。




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