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【番外編】湖畔の一日 前編


「暑い!!」


 学院が休みのある日、向かいの席でドンと机を叩いたシホに、ミリウスはビクリと肩を震わせた。


 場所は講義室。静粛を旨とする場所のはずである。

 が、夏休みの開放教室の監督をしていたシホは、我慢が限界に達したように机に突っ伏した。


「もう無理……。ライオールはあんなに涼しかったのにぃ……」


 教師とは思えない脱力ぶりで、机の上で溶けていた。


「大丈夫ですか……? 先生……」


 ミリウスが心配になって声をかけるものの、先生は干からびたナメクジ――もとい、干しイチジクのように机の上でピクリともしない。


 気まぐれな夏の天候により戻った暑さで、先生は昨日からこの調子だった。


「先生ー、大丈夫かー?」


 ラスティンが気楽に声をかけるが、先生は重傷だ。


「無理……、暑い、ベタベタする。動きたくない……水浴びしたい……。でもずっと動かないとモヤモヤするしイライラしてくるから体動かしたい……。でも暑いのはヤダ。……あとさっぱりしたい……」


 矛盾するあれこれをうわ言のように呟いている。


「…………」


 そんな先生を見下ろして、ラスティンは思案する。


「じゃあ先生、湖に行こうぜ」





「!? あるの!? 湖!?!」


 がばり、と先生が身を起こす。


「あるぞ。ちょっと西に馬車を走らせれば。そんなに大きな湖じゃないけど、水は綺麗だし、木陰が多くて気持ちいい――――」


 ダン、と先生は立ち上がる。



「解放教室は午前まで! 以降は『校外学習』で、『自然体験学習』とします!!!」



 そうして、この日リースター・カレッジの希望者は、湖に向かうことになったのだった。







       *





「湖だー! きもちいー!!!」


 馬車で揺られること小一時間。

 すっかり街から離れ、緑あふれる湖畔に到着した先生は、両手を突き上げ歓声を上げた。


「まぁ、本当ですわ。こんな場所が学院の近くにあったなんて」

「知らなかったねマリー!」


 夏期休暇中だというのに、早めに学院に戻ってきたマリーベルとエメリーが、先生のあとにぞろぞろと続く。


 その後ろには、面倒臭そうに頭を掻きながらあくびをするファビアン。

 ラスティンは……言うまでもない。

 真っ先に先生と一緒に湖畔で雄叫びを上げていた。


「………………」


 そんな一同を眺めながら、ミリウスは突然の『自然体験学習』に、どうしたものかと立ち尽くしていた。


(まさかいつものメンバーが全員参加するとは……)


 初めはラスティンと自分だけだったはずなのだが、気づけばいつの間にか人数が増えていた。


 きっと、夏期休暇も終盤で、みな暇を持て余しているのだろう。



「さ、みんな! 集合は2時間後ね! それまでは各自で好きなように楽しんで!! けど一番最初は、準備運動を忘れずにね!!」


「…………??」


 エメリーとマリーベルが顔を見合わせる。


「準備……運動……??」


「え……だって、泳ぐんでしょ???」


 先生はきょとんとする。


 しかし、深窓の令嬢マリーベルたちは、『まさか!』と大きく首を振った。


「わたくしたちは木陰でお茶会でも開こうかと……」

「そうだよ。だからほら、軽食とティーセットも持ってきたの」

「え…………」


 おそらく学院に通う女子の反応としてはこちらが正しい。普通の令嬢は、いくら授業といえど、湖で泳ごうなどとは考えない。


 しかし、完全にそのつもりだった先生は、一人盛大にショックを受けていた。


「そんな…………せっかく準備もしてきたのに……」


 放心状態の先生を残し、エメリーとマリーベルは、さっさと遠くの林を目指して行ってしまう。


「安心しろよ先生!! 俺はしっかり付き合うからな!!」

「ラスティン……!!」

「先生は泳げるんだろ? ならそこの小島まで競争だ!!」


 言うなり駆け出していくラスティンに、先生は続こうとする。


「ちょっ、ちょっと待ってください……!! その格好で泳ぐつもりですか!?」


 ミリウスが夏物のブラウスを身に纏った先生を引き留めれば、彼女は、


「大丈夫よ! ちゃんと透けない黒いシャツを用意してきたから!!」


 遊泳用にだろう。白いシャツの下に着込んだ、黒のシャツとショートパンツ姿になって、ラスティンの後について駆け出していった。


「心配しないでー!! 湖にはよく師匠に投げ込まれてたから大丈夫ー!! ちょっとラスティンと競争してくるねー!!」


 そう言って、躊躇の欠片もなく湖へとざぶざぶ入っていった。



「………………」


 遥か沖合で小島を目指して競い合い、その後浅瀬でバシャバシャと水を掛け合って遊ぶ彼らを見る。

 水しぶきを盛大に巻き上げながら、先生は心の底から楽しそうだ。


「………………」

「んで、お前はいかねぇの?」

「!」


 気づけばファビアンが背後で、夏の日差しを避けるように目を細めていた。


「行きたいなら行けばいいだろうに」

「そんなことは……。俺はここで皆の監督を――」

「ま、王子さまがガキみたいに水遊びはできないだろうけどよ」

「……」

「やりたいことは、できるうちにしておかねーと後悔するぜ」


 そう言ってファビアンは、さっさと木陰へと引っ込んでいく。

 腕を組み仰向けになり、どうやら昼寝を決め込むつもりらしい。


「………………」


 水辺ではしゃぐ先生とラスティンを交互に見る。



 そこはとても眩しく、喉の渇きを覚えるように輝いていた。






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