第182話 再会
「ミリ……ウス…………?」
部屋に入るなり、荒々しく室内を横切ると、自分を見下ろし抱き締めた男――――。
その男の腕に包まれながら、シルヴィアはおそるおそるその名を呟く。
記憶の中よりさらに高くなった身長、広い肩幅。
漆黒の鎧に覆われた厚い胸板は押し返してもびくともせず、シルヴィアをすっぽりと簡単に包み込む。
その、きついけれど、決してシルヴィアを傷つけまいとするどこか優しさを感じる抱擁に――シルヴィアはかつて自分を求めた生徒の面影を感じた。
「本当にミリウスなの……?」
自分でも信じられず再度問う。
扉の前に立った彼は、学院時代の清廉な監督生の面影はなく、鬼気迫る一人の武人のようだった。
何かを求めて城の中を彷徨い、そしてようやく目当てのものを見つけ出したような――……。
シルヴィアを見るなり、震える唇を引き結んだ彼。
そんな彼は、いまシルヴィアをきつく抱きしめて細かく肩を震わせていた。
「大丈夫……?」
顔が見えないことに不安になってそう問えば、ゆるりと抱き締める腕の力が弱くなる。
けれどそれでも、絶対にシルヴィアのことを離そうとはしない腕の中で、シルヴィアは彼を見上げた。
2年ぶりに目にするミリウスは――――変わっていた。
記憶に残る、青年から大人へと移り変わる狭間の 不安定だが瑞々しい輪郭は失われ、しっかりとした大人のものへと変わっていた。
真っ直ぐに鋭く通る鼻筋。甘さの削ぎ落とされた頬。
よく見れば、乾いた頬はどこか薄くこけていて、あれほど目映い光を放っていた金の髪も、暗くくすんで見えた。
「………………」
そこに2年の間の彼の計り知れない辛苦を感じ取って……シルヴィアは思わず手を伸ばす。
そっと頬に触れると、唯一変わらない澄んだ空色の瞳が耐えきれないように細められ――目尻に歪な皺を刻む。
そして彼もまた、頬へと伸ばしたシルヴィアの手を、より大きな自分の手で包み込むと握り締めた。
「夢じゃない……。本物のあなたに、やっと……やっと会えた……」
生きていてくれてありがとう、と繰り返す彼に、シルヴィアは自分の想像以上にとてつもなく彼を傷つけてしまっていたのだと後悔する。
「ごめんね……」
消え入りそうな声で詫びたとき、シルヴィアは彼の背後にあるものを見た。
「――――!」
思わず目を見開きぎょっとしたそれは、主人の危機を救おうと高々と壺を掲げ、今まさにミリウス目掛け振り下ろさんとする侍女の姿だった。
「ちょっ……ちょっと待ってベラ! この人は知り合い! 私の知り合いなの!!」
割ればいくらするか想像もつかないそれを主人の危機のために武器にしようとするその忠誠心。
それに感謝しながら、とりあえずシルヴィアはいまの状況を整理することにした。
……ミリウスに話を聞きたい。
どうしてここにいるのか。なぜそのような格好をしているのか。
けれどこの場では、その……色々と障りがある。
主に侍女の目とか、彼女を退室させた場合の二人きりになってしまう状況だとか。
皇女の私室で婚約者でもない男女が二人きりになってしまう状況を想像して……シルヴィアはミリウスの名誉を守るためにも、ある提案をした。
「ねぇミリウス。庭で……話をしない?」
シルヴィアが窓の外へ投げた視線の先――。そこには、城の低層階の屋上に設けられた空中庭園が見えた。
「………………」
「安心して。もう逃げないから……」
言いながら、おそらくもう逃げられないのだろうな……と肌で感じながら、それでもその気も起こらない自分に驚く。
(突然の再会で、全然実感も湧かないけれど……)
それでもたしかに自分の胸を温かくする何かを感じながら、シルヴィアは手を引いた。
大きな鎧を着た青年が、まるで子供のように導かれるままその手を握る。
その大きな手の平が――信頼が。
シルヴィアはこの世の何より…………心地よく愛おしかった。




