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第180話 兄と妹


「これは一体…………どういうことだ?」


 ミリウスが卓上に広げた『招待状』、そこには皇女シルヴィアと帝国属州総督の連名で、『婚約パーティー』なる文字が綴られていた。



「何って……見たとおり婚約パーティーの招待状だね?」

「どうして皇女と属州総督などが婚約している……!?」


 唸るように問うと、皇帝エミリオは表情ひとつ変えることなく淡々と答える。


「何故って…、僕は無能な人間が嫌いだからね。名ばかりの貴族に妹をやるくらいなら、将来有望な男に嫁がせてやりたいだろう?」


 そう言って、数々の大貴族を粛正してきた皇帝は、頬杖の上で笑みを深める。



「本当は僕がずっとついていてあげたいんだけど、女神の怒りを買っては元も子もないからね。彼女の呪いがある以上、妹を巻き込むわけにはいかない」

「呪い……?」

「あぁそうか、まだきみは知らなかったね。僕には……いや、この国には、始祖の女神レムリアの呪いがかかっているんだよ」


 そうして皇帝エミリオは、悠々とこの国の歴史を語り始める。

 はるか遠い昔。神の時代の物語を。






 千年をゆうに超える遠い昔。

 いまのレムリア帝国が宮城――レムリア宮がやがて建つ丘に、一匹の黒い狼が現れた。

 狼は男と女、二頭の子供を生み落とし、それぞれロトスとレムリアと名付けた。

 二頭はやがて美しく成長し、妹のレムリアは兄のロトスに恋をするようになった。


 けれどロトスはそれを受け入れない。

 彼は妹から逃げるように、空へと昇った。

 そして妹のレムリアもまた、兄を追って空へと昇った。

 そうして二頭の狼は天地をぐるぐると巡り続け――――兄ロトスが空にいるときは明るい昼に、妹レムリアが空に顔を出したときは世界は夜に包まれるようになった。


 やがて、いつまで経っても兄に追いつけないレムリアは、失意の底に沈み地上に降りるようになった。

 レムリアの丘で兄を待つレムリアは、美しい娘の姿をしていた。


 ある日、美しい娘の姿をしたレムリアに求婚する男が現れた。

 男はレムリアに妻になってほしいと頼み込み、レムリアが断ると、また来ると言って帰って行った。


 そうこうしているうちに、レムリアに求婚する男は次々に増え――――やがて彼らは、レムリアを()()()()()それぞれ持ち帰っていった。


 そうして分けられたうちの一つが、初代レムリア王の妻となり、その子供たちが現在の帝国を築いていった……。





「どうだい? 実に面白い話だろう?」

「…………」

「神話らしい不完全さと身勝手さ。巷ではレムリアが5つに分けられたくだりは忘れ去られ、王と神々の娘の美しい恋物語になっている」

「…………」

「実に傲慢で、おぞましく――――人間らしい」


 エミリオは紅い瞳を細め、唄うように続きを語る。



「常識的に考えれば、人間を5つには分けられない。ましてやそのうちの一欠片が子を成すなんて不可能だ。ではこれは…… 一体何を意味するんだろうね?」


 何故か滴るような怒りに似た何かを滲ませながら、エミリオは語る。


「神話だから、神々だからと言ってしまえばそれまでだけど。僕はね、こう考えるんだよ」


 暗く、血のような紅の瞳が、ぽかりと口を覗かせる。


「5人の男に()()()()()()()()レムリアは、血と、声と、時間と、力と、そして何かもうひとつ――――5つに裂かれ奪われたんじゃないかって」



 皇帝の、エミリオの言う言葉が真実だとするならば、『血』とは『肉』であり『血脈』だ。

 すなわちレムリア皇帝家は、彼女の人間としての肉体を継承したことになる。



「……荒唐無稽なお伽噺だ」

「そうかな?」

「神話など、いくらでも捻じ曲がり創り直される……」


「そうだね」


 エミリオは否定もしない。

 が、淡々と、まるで何も知らない子供を憐れむように続きを語る。



「でもね、ここにいるレムリアには声がないんだ」

「――――!」

「声もなく、姿かたちも子供のようで……いたわしい」


 ともすれば皇帝の乱心を疑ってしまうようなその言葉。

 けれどエミリオは淡々と、淡々と、()()()()()()()()()を見つめ続ける。


「僕が生まれた日から、彼女はずっと傍にいた。ずっと傍で僕のあとをついて――……。どうやら僕は彼女の『待ち人』だったらしい」


 人に堕とされた女神。人間に血を、声を、時間を――すべてを奪われた女神が千年の間待っていたのは。




「どうやら僕が、彼女の兄『ロトス』の生まれ変わりらしい」



 女神レムリアと共に生まれた、もう一頭の片割れの仔。

 本物の神の生まれ変わり――――……。





 エミリオは、静かにニッと微笑んだ。





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