第179話 招待状
三日三晩、ほとんど休息を取らず馬を走らせて。
街を抜け、国を越え……ミリウスがレムリア帝国の首都に着いたのは、ある日の朝のことだった。
事前に早馬で報せを出していたからだろう。
国境や街の入り口にはレムリア側の役人が現れ、ミリウスの姿を確認するなり、ぎょっとしつつも、道を阻むことなくその先へと通してくれた。
(それも当然……か)
何しろミリウスは、予定の日取りこそ異なるものの、この国で最も効力のある書状――――レムリア皇帝からの『招待状』を持参していからだ。
(こんな書状を寄越すくらいだ。俺の行動など予想済みなのだろう)
おそらく各所の役人にも、今日のことは事前に通達されていた可能性が高い。
――ならば話は早い。
――相手の思惑どおり乗り込んでやるまでだ。
ミリウスはレムリア帝国が宮城の門前に立って、声を上げる。
「ウィルテシア王国王太子、ミリウス・ウィルテシア・ヴェルトリンガム。 貴国の皇帝の招待に応じ参じた。 ――至急、陛下にお目通り願いたい」
「……!」
言葉に、つい殺気が篭もってしまったからだろう。
事前の通達があるだろうに警戒を厳しくする兵に、ミリウスは訂正する。
「いや……違うな。たとえ追い返されようと、今日ばかりは何としてでもここを押し通る」
低く唸るなり、騒々しい音を立てて、腰に佩いた剣を地に捨てる。
「こちらに狼藉の意志はない。それでもウィルテシアの王太子を阻み、討ち取りたい者は――――来い」
そうして、道中散々役人たちの目を引いた、黒々と光を吸い込む戦装束――漆黒の甲冑を着て、ミリウスは一人城内を目指す。
極々少数の、ミリウスに付いてこられた近衛兵をその場に残して。
戦闘の意志はない。
皇帝に刃を向ける意志もない。
それは本当だ。
少なくとも――――いまのところは。
ただ、この先の回答次第によっては『強行』に出ないとも限らない――――。
そんな内心を甲冑の下に隠し、ミリウスは城内を突き進む。
その瞳は、暗く――青く――――燃えていた。
*
皇帝の案内役だという官吏に導かれ、ミリウスは皇宮奥深く、皇帝の執務室だという部屋に案内される。
招待日とは異なる非公式な来訪とはいえ、謁見の間でもなく応接室でもなく、自らの懐に等しい執務室に案内されることに、ミリウスは少なからず奇妙な違和感を覚えた。
(絶対の自信の表れか――――?)
『粛正帝』の異名がつく皇帝だ。
いつどこで宿怨を晴らさんとする輩が現れるかわからない以上、皇宮中に警護の兵を配しているのかもしれない。
(そうでもなければ、あのような書状――――送りつけられるはずがない)
まかり間違っても自分に、この――――何度も、何度も、そのことで書状を差し出し問うた自分に、送りつけられるはずがない。
暗く淀み、煮えたぎるような怒りを抱えながら、ミリウスはその部屋の扉の前に立つ。
「どうぞ。お入りください――――」
官吏が恭しく開いた扉の向こう――。
その存外、皇帝の執務室にしては広くもない室内には、大きな執務机とその奥に―――― 一人の男が立っていた。
「やぁ、よく来たね。――――ミリウス・ウィルテシア・ヴェルトリンガム?」
「………………」
「あぁ、僕が皇帝のわりに若いから、本物じゃないと疑っているのかな?」
「…………」
「でも僕は、ご存じのとおり先の謀反で代替わりした先帝の――」
……ペラペラ、ペラペラと。 よく喋るその姿。
「間違いなく、現神聖レムリア帝国が皇帝、エミリオ・ディ・ラウレンティス・ド・レムリア。――きみが探していた皇女シルヴィアの兄だよ」
そこには、ミリウスが求めて、求めて、求めた――――あの愛しい女性に瓜二つの男がいた。
年の頃、二十も半ばほどの。それにしてはやや童顔な、中性的な印象の優男。
けれどミリウスの記憶に焼きついた、あの美しい黒髪と紅い瞳――――それと全く同じ色を宿した男が、悠然と笑っていた。
「…………陛下。この度は貴国の歴史ある居城に無作法に侵入したこと、その非礼をお詫びする」
「いいよ、別に。早馬で親書まで届けてもらっていたんだから。こちらこそ門衛に話を通したつもりだったんだけど。手間取らせてごめんね」
「では、非礼はお許しいただける……と」
「あぁ。というか、そういう堅苦しいのもいらないかな? 僕は僕のやりたいようにやる主義だし、きみも楽にしていいよ」
「では、君主への礼も構わぬと?」
「そういう面倒なの、僕、嫌なんだよね~」
「…………では」
ミリウスは、謝罪と儀礼上尽くすべき礼節のために下げた頭を、ゆっくり、静かに持ち上げる。
そして。
「それでは、ここからは国家間の外交ではなく、一個人の戯れとしてお聞きいただきたい」
つまりは、この後何があろうと、起ころうと。国家間の問題には乗せず、あくまで個々人の間の物事で納めよという暗黙の了解。
「いいよ。僕も個人的にきみに興味があったし」
唄うように語りながら移動すると、皇帝エミリオは傍らの長椅子にふわりと腰かけ、悠然と頬杖をつく。
「さぁ、何かいいたいことがあるなら言ってごらん?」
紅い瞳が弓を描く。
「…………では」
ミリウスは、スッと背筋を伸ばすと、冷えた眼差しで皇帝を見下ろして――――……。
バンッ、と。
懐から出した一枚の紙を皇帝の眼前の机に叩きつけた。
「これは一体…………どういうことだ?」
自分でも、未だかつて聞いたことがないほど低い声。
その肺から絞り出される怨念に等しい恫喝に、再びその書状を目にしたときの怒りが再燃する。
目にした瞬間、書状ごとこの男を八つ裂きにしてやりたいとまで激昂した書面――――そこには。
ー * ー * ー * ー * ー * ー
親愛なるウィルテシア王太子
ミリウス・ウィルテシア・ヴェルトリンガム 殿
ごきげんよう。
この度は貴殿がウィルテシアの王太子 ―― 次期国王位に決定したとの報せを受けて、同じ国を背負う者として僕も大変喜ばしいよ!
つきましては、同じ君主同士、貴殿との交流を深めるために、次のパーティーに招待いたします。
ぜひ来てくれると嬉しいな。
○月×日
神聖レムリア帝国皇女シルヴィア婚約パーティー
皇女シルヴィア
ガルディア州総督 セルウィウス・トゥッリオ
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ミリウスは、今度こそ書状を完全に握り潰した。




