第170話 決着 2
シホが落とした落雷を、最後の鉄芯を避雷針代わりに回避して、ヴィルは大地を低く駆け抜けた。
(あいつ…………立ち直ったか)
存外早い立ち直りに、女とは現金なものだと呆れながらヴィルは笑う。
(だがあいつは……ここまでだ。この先これ以上の伸び代はない。今を最高点に、ここからはすべての実力が落ちていく――――)
十年前からわかっていた事実に、ヴィルは短剣を目の前の男に突きつける。
(もしそうなったときあいつを守れるのは――――この男だけだ)
短剣一本のハンデがあるとはいえ、自分を圧倒しつつある目の前の男に、ヴィルは口端を吊り上げる。
(だがオレ程度にてこずるようじゃッ……! 女神の悪意には耐えられねぇだ、ろっ……!!)
お上品な騎士然とした剣技に、足技を繰り出すことで距離を取らせる。
細く長い息を吐いて、ヴィルは集中する。
シホは――――呪われている。
女神に、あいつの兄に懸想した始祖の女神レムリアによって呪われている。
あいつが兄に想われるほど、大切にされるほど、わがままで子供のような女神は、悪意を持ってシホに嫌がらせをする。
(だから、さっさと娶っておけばよかったんだ)
そうすれば女神の恋敵の座から解放され、悪意の矛先にならずに済んだかもしれないのに――。
決断を遅らせた男に、半端な実力であいつを任せられるかと腕が唸る。
(さっきから回避一辺倒だろっ――――! てめぇの惚れた女に守られて何ができる――?)
剣技は受けても、魔法の攻撃となると、バカ弟子の防御に任せてばかりの小僧に、それこそがこいつの弱点だと見抜く。
(一人前に詠唱もしているようだが、そんなもの呪紋使いの前には無意味――)
速度も、数も、無詠唱魔術の使い手には叶わない。
(だから、そんな半人前はここで――――――眠れ!!)
魔術で援護しようとするシホを牽制し、回避も叶わぬよう正面に位置取りし、絶対に避けられないその距離で、正面から最大出力の業火を射出する。
あいつの未練が、跡形も残らぬように。
半端なものはすべて――――――焼き尽くす!!
竜の咆哮にも例えられる火炎魔法に、遠くであのバカ弟子が、泣き出しそうな青い顔でこちらを見つめている。
震える膝が地面に落ち、『ああ――――だからそこで崩れるからお前は駄目なんだ』と、かつての師だったころの癖で釘を刺す。
甘えてはならない。油断してはならない。
強くひとりで生きていけるように、そう教えた。
けれどどれほど目を掛けようと。
どれほど残酷な未来にも立ち向かえるよう鍛えようと。
結局のところ、どう生きるかは本人次第だ。
(だれかを頼り共に生きたいと願っても、そいつが弱ければ最後に傷つくのはお前自身――――)
だから半端なものなら、二度と失い生きていけなくなくなる前に――――消してしまったほうがマシだ。
残酷な紅蓮の炎に消し炭になってしまった男を前に、ヴィルは静かに背を向ける。
唯一、立ったまま消し炭になったことくらいは褒めてやる――――そう言い残して。
「……油断大敵、とはよく言ったものだな」
「!?」
背後の炎から突如聞こえたその声に、ヴィルは弾かれたように振り返る。
が、足が動かない。
見れば、つい先ほどまで何事もなかった足もとに、使い古したブーツに絡みつくように凍てついた樹氷が根を張っていた。
「っ!」
即座に解氷の呪文を組み立てる。
そして同時に背後を振り返る。
そこには、燃え盛る炎の中で明滅する青い光があった。
氷の魔術を使役する右腕に、同時に輝くもうひとつの光。
揺らぐ炎をものともせず佇む男の胸元には――――紅く、強い光が輝いていた。




