第167話 絶望と
『お前の――――――兄貴だよ』
すべての元凶―――― 皇帝一家暗殺の黒幕の名を聞いてシホは、
「え………………?」
と気の抜けた声を漏らした。
「そんな……はずは…………」
だって兄は、きっと父や母と一緒に殺されたはずで――……。
いや、どうしてそう思っていた……??
封じられていた分鮮明に蘇る記憶に、そう思い込んでいた。
何らかの悪意に両親が殺されたのだから、兄もきっとどこかで同じように殺されているに違いない。
自分だけが生き残ってしまった。
そう――――思い込んでいた。
「お前の兄貴は『特別』だ。女神の『お気に入り』で、なんでも未来が夢で見えるんだとよ――――」
皇帝家の夢見の力。
自分がその一片を使えるなら、もっと優秀な兄ならより強い力を持っているはずだった。
ぞわり、と身が総毛立つ。
「あいつの話じゃ、お前はほかのどの未来でも碌な目に遭わねぇ。惨たらしく死ぬらしい。だから――――……」
「やめてっっっっ!!!!」
耳を塞ぎ、うずくまる。
嫌だ。何も聞きたくない。何も理解したくはなかった。
この男が語る言葉を信じては、もう自分が立っていられないような気がした。
「嘘……うそ……!! ウソでしょっ……ねぇ!!!」
父は、臣下からとうに見限られていた。
父は、国民から強く憎まれていた。
母は、そんな父に甘く。優しく受け止めるばかりで、何も忠言しようとはしなかった。
すべてが――――終わりへと向かう階段を下っていた。
だから…………??
「お前の兄貴は天秤にかけたんだ。お前と――――国と――――お前の両親を」
「……!!!!!」
膝が、糸が切れたように崩れ落ちた。
乾いた笑みが、涙の滲んだ顔に歪に浮かぶ。
すべてが、自分のせいだった。
自分のために両親は殺され、宮殿は焼かれ、大勢の者が命を落とした。
すべてが、偽りだった。
今日まで自分を支えた優しさも、愛情も。自分を形作った全てが、あらかじめ用意され押しつけられた偽物だった。
(もういやだ…………)
何も見たくない、聞きたくない。
もう何も、考えたくない。
もう、何もかもがどうでもいい。
もう、生きていたくない――――…………。
小さく体を折り畳んで、子供のようにすべてを投げ出してしまったシホの前に――――ザッと、乾いた足音が響いた。
*
ミリウスが酷い目眩から体の制御権を取り戻したとき、目の前でシホがうずくまっていた。
小さな子供のように、顔を覆い、体を小さくして、この世の全てを拒絶するように泣いていた。
―――― 行かなくては。
彼女が泣いているのなら、傍に行かなければならない。
彼女が傷ついているのなら、守らなければならない。
ようやく力を取り戻したばかりの足を叱咤し、剣を片手に彼女の前に躍り出る。
あらん限りの眼力を込めて目の前の『敵』を睨みつけると、その男はニッと満足そうに白い歯を見せた。
「お前……その様子だと、コイツと『繋がった』ことがあるな? いまコイツの『記憶』を覗き見たろう」
面白がるように短剣の腹をトントンと肩に跳ねさせる男は、ミリウスに起きた事象を正確に読み取っていた。
(おそらくこの男が言う『繋がった』というのは、魔力の腕による相手の精神体への干渉――――俺と先生が春の竜退治のあとに、魔力制御の個人指導で繋がったときのことだ)
あのときも先ほどこの男が先生にしたように、魔力の腕で先生と俺は繋がっていた。
(その影響で――先生の魔力の輪郭が不安定になった今、偶然触れた俺と瞬間的に繋がり記憶が流れ込んだのか――)
繋がった瞬間、ミリウスが感じ取った先生の内部はぐちゃぐちゃだった。
記憶と感情が、か弱い魔力の渦の中で散乱し、自我とも呼べる魔力の膜が、いまにも崩壊しそうになっていた。
それを包み込み、なんとか押し止めながら、ミリウスはシホの内部の変化も感じていた。
春先に繋がったときには、どうしても先へと進めなかった黒い闇。彼女の『中』を探ったときに、どうしても触れられなかったその先に、きっとあの『記憶』が封じられていたのだろう。
封印が破られたいま、それらは破片となって散乱し、ミリウスの内部まで流れ込んできた。
胸が何度も痛くなるような、無数の彼女の悲鳴を伴って。
「っ……」
この男だけは、二度と指一本彼女に触れさせてはならない。
彼女に、近づけさせてはならない。
この男は――――――シホを悲しませることしかできない男だ。
剣を構え臨戦態勢に入るミリウスに、男は――――ヴィルは面白そうに短剣を握り直す。
「いいぜ――――来いよ。そこのへばってる馬鹿にも教えてやる。嘆いて、恨んで、うずくまってるだけじゃ――――その間に自分の大事なモンがどんどん消えていくってな!!」
自らの師である彼女を鍛えた男が、全力で轟くように牙を剥いた。




