第164話 封じられた記憶 6 ー惨劇ー
その日、シルヴィアはいつものようにかくれんぼをしていた。
午後の茶会で、兄と一緒に大好きなお菓子を食べ、その後兄と一緒に使用人を巻き込んで、いつものようにかくれんぼをしていた。
(ここならきっとお兄さまもわからないわ!)
いつでもどこでも、すぐに自分のことを見つけてしまう兄も、シルヴィアお気に入りの屋上庭園の道具箱に隠れてしまえば、きっと見つけられないような気がした。
大人ではとても入れない、道具の隙間に身を縮こめて、シルヴィアは鬼が見つけにくるのを待つ。
(あれ? そういえば見つけにこないときはいつまで待てばいいんだっけ……??)
そんなことを考えているうちに、シルヴィアはうとうととしてきてしまい眠りに落ちた。
*
次にシルヴィアが長い午睡から目覚めたとき……あたりはすっかり暗くなっていた。
ぷんと辺りに漂う甘い香りから、ここが庭園だったことを思い出す。
が、隠れた箱の隙間からは射し込む光が全くなく、怖くなって小さなシルヴィアは飛び起きる。
箱の蓋を開けるとそこはすっかり夜で――――庭園にはいつものようにランプの明かりと、もうひとつ――――見慣れぬ紅い明かりが射し込んでいた。
「……!!」
ちろちろと、向かいの棟の窓辺から腕を伸ばす炎。
皇宮の一画が燃えていた。
「火事……!! お母さま!!」
伝えないと!
その衝動だけを胸に、幼いシルヴィアは庭園から皇宮の中へと駆け込んだ。
「……!!!」
そこが――――――すでに地獄の中だということも知らずに。
皇宮の中には、無数の衛兵たちが転がっていた。
皆、まるで息をしていないかのように動かない。
床や、壁や、彫像に引っかかるように、鎧を着たまま倒れ事切れていた。
(…………!!)
あたりは無数の足跡に荒らされたようで、絵画や美術品が床に散乱し、兵士が投げ出した剣や血にまみれていた。
足を竦ませながらも、シルヴィアはおそるおそる一歩踏み出す。
いつもと、何か違うことが起こっているのは理解していた。
それがとても恐ろしいことで、自分では到底太刀打ちできないことであろうことも。
けれど幼い自分が行ける場所も、できることも、全てはとても限られていて。今の自分が成せることなど…………ここにはいない大切な家族を見つけることくらいしかできなかった。
「お母さま……! お兄さま……!!」
ここにはいない家族の名を呼びながら、シルヴィアはおそるおそる皇宮内をひた走る。
母のことだ。きっと父と一緒にいるはずだ。
兄のことだ。きっと利口にどこか隠れているはずだ。
宵闇に松明の明かりに照らされる皇宮内を、シルヴィアは無我夢中でひた走った。
「お父さま!!」
道中止める家臣も、使用人にも出会わなかった。
その意味するところを理解することもなく――――幼いシルヴィアは両親の寝室の扉を押し開ける。
「!!!」
そこには、見知らぬ男に右眼を貫かれ、剣を取り落とす父の姿があった。
崩折れる体にはすでに無数の剣が突き刺さり、胸から流れるおびただしい量の血液が、床を紅い海へと染めていく……。
「ひっ」
思わず上げた声に、見知らぬ男の目がギロリとこちらを向く。
男がこちらに剣を手に歩み寄ろうとしたとき――。
「あ~、待て、それは待てって。放っとけ」
どこからか、聞き慣れた声が聞こえた。
「あー、見ちまったか。どうせなら見せたくなかったんだがなぁ」
のんきそうに語るその口調。場違いに、その男は頭を掻いていた。
まるでそれが日常のように。特別なことでは少しもないように。
その男は、寝台の陰から――――母の胸を背後から貫きながら、ゆっくりと現れた。
「シル……ヴィ…………」
手を伸ばしながら、母が口から紅い泡を吹く。
その薄い体には、背後から深々と長剣が刺し貫かれ、紅い鮮血で淡いドレスを染めていた。
「……逃……げ…………て…………」
それだけを最後に、母のあの美しい瞳から光が消える。
くたりと落ちた腕と力を失った体を、その男は、剣をひと振り床に打ち棄てた。
「だから隠れてろって言ったろ? お姫さん。そうすりゃ嫌なもんを見ずに済んだだろうに」
ゆっくりと、床に転がる両親の亡骸を越えながら、男はこちらに歩み寄る。
脚が震えた。
歩けなかった。
ただただ呆然と、驚きと、悲しみと、寂しさと、怒りがない交ぜになった渦に巻き込まれるだけで、その場から一歩も足が動かなかった。
「ヴィル…………!!!!!」
幼いながら、精一杯の力で睨みつける。
涙の浮いた瞳で、両親にはもう二度と会えないだろうと痛感する。
千切れるように軋む幼い心でできたのは、それが精一杯だった。
「どうして……!!!」
あんなにいっぱい遊んだのに。
たくさん、一緒にお茶を飲んで話したのに。
いつもいつも、面倒そうに。でもどこか瞳の底では楽しそうに、笑って聞いていてくれたのに。
なのに……!!!!!
「姫さん。いいことを教えてやる。この世には理由なんて考えてもしかたがねぇ、そーいうことは五万とある」
こいつもそうだ、とヴィルは言う。
「オレは傭兵。金を積まれりゃ何でもする」
足音が、どんどん近くなる。
「せいぜい、オレを恨むんだな」
そうして大きな手のひらが視界を奪い――――シルヴィアは、再び深い眠りに落ちた。




