第163話 封じられた記憶 5 ー心残りー
「本当にいいんですかね?」
暗闇で、男が二人会話している。
「まぁ、やれと言われればやりますけど……」
それは、男にとっては予想外の依頼だった。
初めは、某属州からの暗殺依頼だった。
帝国の属州で、独立を画策する独立派とやらからの、レムリア皇帝の暗殺依頼。
何も知らない強欲な商人に同行して皇宮に入り込み、皇帝の信を得て目標を暗殺する……。それが、当初男に課せられた依頼だった。
「まぁアンタには色々と助けてもらったけど……」
新たな『依頼人』の言うとおり、皇帝の寵を得るのは予想外に簡単だった。
男が娘を介して皇帝に近づけば、皇帝は驚くほど簡単に男を信じた。何十年の付き合いのある臣下よりも男を信頼し、その言葉に耳を傾けた。
男としてはどうでもいい世間話をしていただけなのだが、何が新鮮なのか、皇帝はその話に夢中になった。
――陛下は、腹の内の見えない相手が新鮮なんだ。
夢見の力に秀でた皇帝にも、何人か、その内心を読めない『特別な者』がいる。その一人がきみと自分なのだと、もう一人の男は言った。
「たしかにアンタの言うことに間違いはない……」
皇帝の行動も、皇宮内の予測も、すべてが『依頼人』の言うとおりになった。
試しに『この男』を出し抜いてみようと、興味本位で刃を向けてみたが、呆気なくそれは見抜かれてしまった。
「………………」
男は、深く考える。
どの選択を選んでも、どの道を選んでも。
未来が変わらず、『彼女』が惨い結末を迎えてしまうなら、この男の言うとおりにしたほうがいいような気がした。
「まぁ少なからず楽しませてもらったしな……」
短い間だったが、あの『ちんちくりん』との日々は楽しかった。
久しく聞いていなかった言葉や景色を見せてもらい、この荒れて投げ出した人生にもう一度彩りを与えてもらった。
それならば、この道を選び取るのも悪くない。
「よっしゃ、その話乗った。どうせやるこた変わらねぇんだ。ここでしょっ引かれるより、あんたの描く未来とやらに賭けてみるのも悪くねぇ」
そうだ。
未来に、少しでもいいと自分が思えた希望があり。
依頼主からの報酬も十分で、旨い飯も、良い寝床もあるのなら。
この『依頼』は、十分な価値があるものだ。
傭兵は、金さえ貰えれば何でもやる。
たとえそれが殺しでも。――――国家の転覆でも。
「でも困ったなァ……」
何がだ?と依頼人は首を傾げる。
まだ自分に不満な要求があると思ったらしい。
男は首を振る。
そうではない。
ただ、
ひとつだけ頭をよぎったのは。
「『姫さん』、絶対泣くだろうなぁ」
そして自分は恨まれるのだ。
あの真っ直ぐに輝く瞳が二度と見られない。
それだけが、男の心残りだった。




