第160話 封じられた記憶 2 ー女神の国ー
「皇女殿下っ! シルヴィアさまっ……!」
皇宮に、小さな主を呼ぶ声が響き渡る。
「お待ちくださいっ、シルヴィアさまっ!!」
「やだも~ん。今日は『ヴィル』が来るんだもん」
幼い皇女と庭園の闖入者――ヴィルが出会ってからというもの、例の商人の一団が来るたびに、シルヴィアは庭園へと向かうようになった。
「ね、ね、ヴィル! 今日は何のお話を聞かせてくれる?」
「あー……そうですねー。今日は……」
先日、都の花街の話をしかけたからだろう。
遠くで使用人たちが聞き耳を立てて眉を吊り上げていた。
「えーと……んじゃ今日は、話の代わりにコレを」
「!!」
ぽんっ、とヴィルの手の中で打ち上がった小さな花火に、幼い少女は目を丸くする。
「すごいっ! 何これ!」
「魔法ですよ」
それはシルヴィアが初めて目にする魔法だった。
「きれい……!!」
目をキラキラとさせる少女は、それをねだった。
「それ、わたしもほしい!」
「欲しいって。これは姫さんにあげられるものじゃありませんよ」
「ほしいほしいほしい!!!」
「じゃあまた今度来たときに見せるってことで……。魔法の使い方は……大きくなったらそのうち誰かが教えてくれるでしょう」
男がそう言えば、ようやく少女は納得する。
そして、その約束の礼だとばかりに、とっておきの話を打ち明けた。
『あのね、わたし女神さまが見えるの』
*
女神は、ここではない天空の世界に住むのだと少女は言った。
皆が同じ服を着て、女神だけで集う不思議な学び舎で。
女神すらも天界で学ばなくてはならんのか、とヴィルはげんなりしたが、シルヴィアは陽気だった。
「女神さまってすごいんだよ。火のないところから炎を出したり、水のないところからお湯をバーッって出したり……」
「へぇ~」
幼い子供の見る夢だ。
ただの与太話だとヴィルは適当に相づちを打つ。
「っ! 全然信じてないでしょ!!」
皇女さまはご立腹だが、たかだか6歳だかの子供が見る夢を真面目に聞けというほうが難しい。
ヴィルがせめて姿勢だけでも正すかと居住まいを正しかけたとき、シルヴィアは言った。
「お父様が言ってたの! わたしたちレムリア人は占術がとくいなんだって! そのなかでも皇帝家は夢見のちからがあるんだって!!」
たしかに、レムリア人といえば占術に秀でた国民として有名だ。代々の皇帝にも夢に関する神力があるとは聞いたような気もするが……。
「んじゃ、女神さまはすごいお力を持っているんですねー」
それがこの世界の魔法とどれほど違うのか、それはわからなかったが、魔法すら見たことのなかった少女にとっては、素晴らしいものに映ったらしい。
「そうなの! 女神さまはね、おうちにもたくさん魔法の道具を持っててね――」
散々同じ話を聞かされたのだろう。使用人たちは『やれやれまたあの話か』と、庭園の掃除に戻ってゆく。
「景色をたくさん閉じ込めた絵本とか、人が入ってお話しする額縁にね? それにお部屋のお掃除だって、魔法の石がスイーッてしてくれるの」
少女は身振り手振り、物の大きさまで伝えようと全身で語る。
「お休みの日にはね、馬のない鉄の箱に乗ってどこかへ行って~、世界中のお花や動物やお魚が集められたお城に行って、みんなで記念に『シャシン』を撮るの」
あのね、『シャシン』って言うのはね~と少女は語る。
「………………」
「この宮殿もお花はたくさんあるけど、お魚はないじゃない? お魚って、下から見るとすっごく綺麗なんだよ。きらきらして、たくさんいるとバーッってして………………。どうしたの、ヴィル?」
「…………いや………」
ヴィルは頭を振ると、少しばかり寝ぼけていた自分の頬を打つ。
変な夢を、見たみたいだ。
この皇女が、あまりに突拍子もない夢を語るから。
「シルヴィア様! そろそろご昼食の時間ですよ。皆様をお待たせしては…………っ、これは……陛下!」
突如庭園に来訪した皇帝の姿に、使用人一同が頭を下げる。
「シルヴィア」
「お父さま……!」
幼い皇女は駆け寄って父に抱きつく。
「お客さまはもういいの?」
「あぁ、もうお話は終わったよ。……そちらは?」
見慣れぬ来客に、皇帝が問う。
「この人はね、ヴィルって言うの!」
嬉しそうに語るシルヴィアに、皇帝が『あぁ……』と相好を崩す。
「きみが、あの――。シルヴィが大変世話になっているようだ。何か失礼はしていないかね?」
「いえ……」
皇帝御自ら下々の者に声をかけるなど、通常ならありえないことだ。それほどまでに、ここの使用人たちが語るように、ここの主は大変『お優しい』らしい。
「きょうもね、ヴィルにお話を聞いてもらってたの」
「そうか。楽しかったかい?」
「うん!」
娘を溺愛しているのだろう。皇帝はしばしこちらをじっと眺めると――――そうだ、と呟いた。
「ヴィル君、よければこのあと、昼餉を食べていきなさい。そのほうがシルヴィも喜ぶ」
「! 本当!? お父さま!!」
きゃっきゃと騒ぐ父子に、ただの庶民が断れるはずもなく――。
ヴィルは、皇帝一家の昼餐に招かれた。




