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第159話 封じられた記憶 1 ー花園の宝物ー


 皇歴1225年――――14年前。


 東の大国、神聖レムリア帝国の庭園にて――。




 宮殿低層階の屋上に設けられた空中庭園で、一人の少女が花を摘んで立ち上がった。


「みて! わたしのお花がさいたの! 真っ白くてかわいい~~~!!」

「シルヴィア様っ……!!」


 使用人が慌てて駆け寄る。

 まだ幼い少女――――つい先日6歳になったばかりの皇女の手の中から芋虫を摘まみ上げて、使用人はふぅと息をついた。


「シルヴィア様。だからわたくしどもは申し上げましたのに……。花は虫の住処でもあるのです。不用意に触っては、芋虫に怒られ刺されてしまうかもしれません」

「そうなの……?」

「ええ」


 幼い皇女はぽかんとして、手の中の花をじっと見つめる。


「じゃあ、戻したほうがいい?」

「それは…………こほんっ。たしかに花は虫の住処ですが、一度摘んでしまったものは仕方ありません。せっかく美しい花なのです。そうですね…………あとで皇妃さまに贈りものとして届けましょう」


 ぱあぁっと華やいだ表情に、使用人一同の目元も柔らかくなる。

 彼女たちは皆――――この幼い皇女を溺愛していた。


 歴史ある大国の――この世の頂上ともいえるこの皇宮で、その身分に似つかわしくなく下々の者にも慈悲深い皇帝一家――。

 そんな皇帝一家の愛娘を、皇宮中の使用人が愛していた。





          *





「あれ? またお客さま?」


 空中庭園へと向かうある日の午後。

 皇宮の大階段を降りようとしていたシルヴィアは、豪華な身形の商人たちを見かけた。


「どうやら陛下が呼び寄せた者たちのようですね。異国からの珍しい品を扱っているとかで、最近よく招かれているようです」

「ふ~ん」


 使用人の言葉に、シルヴィアはいくつもの荷箱を運ぶ彼らを見る。

 たしかに父は、最近珍しい織物だと、母に新しい膝掛けを贈っていた。

 母は『そんなに何枚もくださっても……』と、『ドレスも膝掛けも 使う私は一人なのですから…』と困っていたようだが。


(きっとお母さまがきれいだから、お父さまも飾りたくなるのね!)


 自分が人形遊びをするときを思い出して、シルヴィアは納得する。

 父がそうしても無理がないと思えるくらい、母は美しかった。娘の目から見ても、宮殿中の誰より美しい母は、自慢だった。


 仲の良い両親にほくほくとした気分になりながら、シルヴィアは大階段を降りる。


「あ!」

「どうしました? シルヴィア様?」

「お花の名札、おへやに忘れてきちゃった……」


 父や母、兄にプレゼントする予定の花に、それぞれの名前をつけようと思ったのだ。

 その名札を忘れたことを知ると、付き添いの使用人が『取って参ります』と戻っていった。


 その間シルヴィアは、近くの衛兵の側にいるよう言いつけられたが、幼い皇女は、そんなことは構わずに庭園へと向かう。

 持ち場と皇女の間で右往左往する衛兵を横目に見ながら、『お待ちください……!』の声を背に、お転婆な皇女は元気に駆け出した。


 だってここは皇宮。

 彼女を止められる者など、どこにもいないのだ。




        *




 一人先についた庭園は、静かに凪いでいた。

 下界から切り離された屋上の庭園は、そこだけが別個の楽園のようで。華やかに咲き誇る花々の上を、小さな蝶が舞っていた。


「え~と、お父様の花は……きゃっ!」


 庭園へと降りる階段で、余所見をしていたからだろう――。何かに蹴躓いて転んだシルヴィアを、下敷きになった『何か』が受け止めた。


「っ痛ぇー……。なんだ、このちんちくりん」

「……!!!」


 階段に寝転んでいた男は、落ちてきたシルヴィアを持ち上げる。


「あ、あの……っ、ごめんなさいっ!!」


 持ち上げられたたまシルヴィアは頭を下げる。

 転ぶ直前、何かを盛大に蹴飛ばした記憶は残っていた。


「…………。まぁいいや、勝手に人ん家で寝てたオレにも非があるしな」


 皇宮という広大な空間が『家』という枠に収まるのかは疑問だが、小さな皇女を地面に下ろしながら、その若い男はそう言った。


「お兄さんは? ここで何をしてたの?」


 まだ10代に見える男の身形は、皇宮で見る使用人のものとは違っていた。

 初めて近くで見る『外』の気配に、小さな皇女は目を丸くしながらドキドキする。


「あーオレは来客の護衛ってやつ? 今日お前んとこの親父さんに呼ばれて商人が来てんだろ。その護衛役だよ」


 男は、道中までの護衛役で、商談中は暇を持て余し、良さそうな場所を見つけて昼寝をしていたのだと言った。


「……!! じゃあ暇なのね!」


 幼い皇女は目を輝かせる。



「ねぇ、『外』のお話をきかせて!」





 そうして彼らは、友人になった。







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