第157話 金の光
「ッかはっ……!」
胃の中の物が、すべて押し出されるような圧迫感。
それと同時に大きく弾んだ体を大地に投げ出して、シホはギリリと砂を掻いた。
倒木にまともに打ち付けた背中は、骨にヒビでも入ったのか焼け付くように熱い。
身を起こそうとするだけで、息が傷口を刺すようで、苦しみに喘いだ。
したたり落ちる唾液を拭い取り、重い足を上げ、再び目の前の脅威に対峙しようとする――――その暇もなく、次の殴打がシホを襲った。
障壁ごしに、障壁を帯びた拳に殴られて、頭が揺れる。
次いで繰り出された蹴りはほとんどまともに腹を捉えていて、シホは胃の中のものを吐き出した。
「ホラ、殺すつもりで来いって言ったろ? でないと死ぬぞ?」
淡々と、ヴィルは見下ろしてそう言った。
いつものことだ。本気でやれ。でないと死ぬぞ。
けれど今日は、そうさせるためのヴィルの本気が違う。
(本当に…………死ぬ…………?)
そう思うほど、彼の攻撃は苛烈を極めていた。
「ほら」
言いながら、他人の腹を踏み抜くその非道さは、およそ人間とは思えない。
かろうじてギリギリのところで障壁で防ぎながらも、その圧迫感にシホは喘いだ。
「ほら、お前なら殺せるだろ? 魔物だって散々やってきたじゃねぇか」
「でき…………ない…………」
伸びてきた腕に、襟をつかまれ引き立てられながら、シホは息も絶え絶えに首を振る。
「どうしてだ?」
「だって…………師匠だもの。ヴィルには、勝ちたい――それだけで。……勝って……、認めてもらわなくちゃ……意味、っないもん」
それがどうして殺し合いになるのか、全然わからなくてシホは混乱する。
ただの卒業試験のはずだった。
旅立つ彼の、最後の教え。
それがどうしてこうなるのか、理解が――現実に追い付かない。
「甘いな。お前は」
ヴィルの憐れむような瞳が、シホの苦しさに溢れ出た涙で潤む瞳を見下ろした。
「言ったろ? 敵は全部殺せって。でないと必ず相手はお前を討ちに来る。……殺さなければ、意識がなければいいと思うほど殴られて、犯されて、ボロ雑巾のように捨てられる。それでもまだマシだっていう目に――遭わされる」
まだ知らない現実を弟子に突きつけるように、ヴィルは淡々と言葉を紡ぐ。
「お前が甘いのは――――オレの落ち度だ。地獄を見せないように半端に守った――――」
ヴィルの左手が、奇妙に輝く。
光る腕が、魔力の腕が伸びてきて、シホの身体に入り込む。
「ここまでして、まだオレを拒めないのか――――どうしようもない甘チャンだな」
腕が、身体の中を、かき混ぜる。
思考を、記憶を、大切なものを、ぐちゃぐちゃにかき回す。
痙攣する脚に、震える指に、『やめて』と小さく呟いた唇から、泡がこぼれる。
そして腕が――――身体の中をまさぐる腕が、やっと探し当てたように『それ』に辿り着いた。
「お前は、お前に戻るべきだ。それでオレを――――殺しに来い」
どこか遠くに、そんな言葉を聞いた瞬間。
頭の奥で何かが盛大な音を立てて割れた。
粉々に砕け散るガラスのように、儚い残滓の音を残しながら、二度とは戻らない何かが粉々に砕け散る。
最後の欠片が落ちるその瞬間に、シホは遠くにその人の声を聞いた。
いつも優しくて。真っ直ぐで。
愛おしくて。守りたくて。
守ってほしくて。寄りかかりたくて。
ずっと触れていたい――――。
「その手をっっっ、離せっ――――!!!」
眼前で振り下ろされた白刃に、見慣れた愛しい金の髪が見えた気がした。




