第156話 追跡
卒業試験を終え初めて迎えた週末。
ミリウスは、何とはなしに教室を訪れていた。
毎日通い続けた教室も、通う回数はあとわずか……。
かすかな傷跡の残る机に、積み重なった思い出を感じ取り、そっと撫でる。
そして、彼女がいつも立っていた黒板を振り返った。
生徒が少しでも見やすいように、工夫して記された板書。
まだ書き写したいからと、消すのを待つよう頼み込む生徒に、それならば……と、生徒が写すまでの間、他愛なくも面白く、自らの失敗談を披露する後ろ姿。
生徒が退屈しないように、でも、自らと同じ過ちを繰り返さないように。
見栄を張るでも、完全無欠を誇るでもなく、生徒と同じように、同じ立場で、同じ目線で学びと喜びを与えてくれた――――優しい人。
そんな彼女の面影を教室の至る処に見つけて、ミリウスはそっと目を細めた。
「…………?」
思い出に浸っていたからだろう。
一瞬、見間違いかと思った。
偶然教室の窓から見下ろした景色に、彼女が――――シホがいたから。
彼女は、どこかへと出かけるようだった。
小走りに走るその先。彼女が駆ける先を視線で追うと…………そこには。
あの男がいた。
ヴィル。
彼女を物のように扱えと、まるで師とは――それどころか人とは思えないような発言をしたその男が、彼女を連れてどこかへ行こうとしていた。
(あの先は…………裏門か?)
ということは、彼らは学外に出ようとしているということである。
「………………」
なんだか嫌な予感がして、ミリウスはその場を離れる。
教室を抜けて、学外に出るため保険としての武器を持って――――そして、ファビアンに聞いていた抜け道から、彼ら二人をひっそりと追いかけた。
(あの男は…………何だ?)
人を試すようなことを言い。そのくせ弟子である彼女をぞんざいに扱い。
それでいて、彼女をいいように振り回す――――。
純粋に、師のことを慕う彼女の笑顔がよぎった。
脳裏に焼き付く決して喜ばしいものではなかったそれを――――汚さないでくれ。
何故か、そんなことを強く願った。
*
先に出立した二人に遅れること数分。
幸い遮蔽物のない街道を徒歩で移動する二人は、追跡するミリウスには都合がよく、すぐに発見することができた。
背後に追う者がいるなど露ほども考えない二人は、そのまま街道をはずれ、街から少し離れたところにある丘の森に入った。
ここはかつて、実習で訪れたことのある土地だ。
ゆえに少なからず土地勘のあるミリウスは、彼らが行くだろう林道を予測して、付かず離れず、やや遅れて、彼らを尾行していった。
どこからか、先生の威勢のいい声がして、彼らが戦闘を開始したことが察せられる。
出て行くべきか。それとも尾行したことを気づかれぬようもう少し様子をみるべきか……。
師弟という二人の関係に、ミリウスは熟慮した。
(もう少し――――せめてもう少し様子が窺える場所に……)
そう思い、ミリウスが足を踏み出した先で――――。
森から離れた丘に転がる倒木に、先生の体が叩きつけられた。




