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第155話 卒業試験


 卒業試験も終わり、来週に結果発表を控えたある日の週末。

 シホが昼食を終え、のんびりと学寮で過ごしていると、扉をノックする音が聞こえた。


 ぞんざいに、気だるげに叩くようなやる気のない音――。



「――やっぱり。どうしたの、ヴィル」


 そこには卒業試験のために学院を訪れた、自分の師が立っていた。


「お前、暇だよな」

「またそう決めつけて……まぁそうだけど」

「ならついて来い。郊外に行くぞ」

「!」


 見ればヴィルは、簡易ながらいつもの装備を身につけていた。

 これはいつもの――――あれだ。


 シホは意を酌んだりとばかりに、二つ返事で頷いて部屋に戻る。


「ちょっと待ってて! いま準備するから!」



 そうして、二人は学外に出かけることになった。





          *





「ん~、訓練なんて久しぶりだよね。ねぇヴィル、何年ぶり?」


 アーミントンの街から離れた森の奥で、シホは隣を歩く師を仰いだ。


 リンデール公国で、師匠と弟子をやっていたころ。

 ヴィルは村に逗留している間、毎日こうしてシホを連れ出しては魔法や剣の稽古をつけてくれた。


「ね、ここの森も素敵でしょ。リンデールと違って魔物は出ないし、暗くもなくて木洩れ日も綺麗で……」


 木々の種類や密度が違うのか、あの陰鬱な森と違い、広々とした森は、散策で訪れても気持ちが良さそうな気がした。


「あ、もうちょっと行けば開けたところがあるの。そこがいいんじゃない?」


 緩やかに曲がる林道の先に、光が降り注ぐ場所が見える。

 極々なだらかな丘の斜面に広がる森は、森の切れ間から遠くにアーミントンの街が見渡せた。



「で、ヴィル? わざわざ学院を出てきたってことは、『本気の』訓練なんだよね?」


 いつだって、シホの身からすればそうだったが、ヴィルがこうしてわざわざ誘い出すときは、いつだって魔物や狼、新しい魔術の標的として放り出される、困難極まる試練だった。


 だからシホもそれを理解して、いま用意できる限りのフル装備でついて来た。準備はすでに万端だ。


「さ、どんなことをするの? この数年で会わないうちに、どれくらい私が成長したか、見せてあげる!」


 鼻息荒く、師匠から跳んで距離を取る。

 短剣を引き抜き、ヴィルのどんな打ち込みが来ても耐えられるように魔法も二重掛けをする。



「………………」

「どしたの、ヴィル?」

「――――だ」

「何? 聞こえない!」


 珍しくぼそぼそと喋る師に、シホは声を張り上げる。

 そうしてヴィルから聞き出した次の言葉は…………意外なものだった。



「――卒業試験だ」

「?」

「これが、お前の。卒業試験だ」

「――――」


 ――つまりは、この一戦が。これから遠い地に旅立つ師匠から自分への、卒業試験。

 師と弟子の、最後の教え。


 ぐっと手中の短剣を握り締めて、シホは構え直す。


「なら、手加減はしないよ」

「言ってろ」



 シホは、大地を蹴って駆け出した。






         *





 開けた丘に、連続するように金属がぶつかり合う音が木霊する。

 するどい剣閃に身を逸らすように、猫のように身を屈めると、シホは次の殴打を繰り出す。


 師匠仕込みの魔力強化された重い拳で師のみぞおちをえぐり込むと、上から短剣の柄が落ちてきてシホの拳を叩き落とした。


 大地に拳が沈む直前、シホは前方広範囲に障壁を展開する。合わせたように、拳を沈めた短剣が今度は刃を走らせて、シホが展開した障壁を削っていく。


 再び跳ねるように距離を取り、獲物を構え直す。

 師匠も、弟子も、共に獲物は同じ短剣。

 使う魔術も詠唱不要の『呪紋』同士。


 お互いの手の内を知り尽くし、獲物の特性まで熟知した、初めてで――最後になるだろう難敵だった。



「防戦一方じゃねぇーか」

「うるさいっ」


 はったりが利かない分、どうしても師匠とは地力での勝負になる。そうなれば体力でも筋力でも劣る自分の負け――。

 シホは、必死に脳内に血を巡らせる。



 懐から、鉄芯ピックを取り出して、周囲に展開。

 浮遊させたそれらを一斉に師匠めがけて打ち込んで、四肢の動きを封じる――。


 が、それは相手も読むことができる手の内だった。


 ヴィルは素早く造作もなさそうに鉄芯のいくつかを叩き落とすと、それどころか鉄芯を『強奪して』反対にシホを目掛けて打ち込んでくる。


「―――っ!!」


 障壁と短剣で撃ち落としきれなかったそれが、シホの障壁の間をかいくぐり、シホの外套ごと大地にその身体を縫い止めた。


 ヒュッ、と。背筋の冷めるような危機感に、肺から酸素が絞り出される。

 身を捩るように外套を捨てて抜け出した跡地に、深々と短剣が突き刺さっていた。


「…………ぁ」


 抜くのも難儀するような大地を深く捉えた短剣を、ヴィルはゆっくりとした動作で引き抜く。

 パラパラと土を落としながら彼の手の内に戻る短剣は、刃先がひしゃげていて、


「使い物にならねぇな」


 と、ヴィルはそれを放り出した。



 双剣のうち、残りの一本を構えてヴィルは口の端を吊り上げる。



「かかってこいよ」




 









 ――――ころされる。




 いつものことだが、ヴィルのその圧倒的な瞳を前に、シホは……そんなことを思った。







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