第152話 師匠
『先生の――先生?』
リースターのいつものメンバーが揃った学寮で、生徒たちを前に、先生はこくりと頷いた。
「そうなの! ヴィルは私の師匠で、私に剣と魔法を教えてくれた人なの。今回は卒業試験の試験官として、学院に招かれて来たみたい」
そう言ってシホは照れくさそうに、隣に座る男を紹介する。
彼女の隣には、先ほどミリウスが前門で出会った、あの男が座っていた。
各所への挨拶回りと事務手続きを済ませた男は、今はまるで自分の家のようにくつろいでいる。
「おぅ、よろしく」
軽く手を挙げ挨拶する男は、やはりまったく魔術師らしく見えなかった。
「ヴィルは王国練兵場の指導教官……なのよね? それで今回は剣術の試験官として学院に招かれて来たみたい」
シホは紹介しつつも、自身も確認するように師を窺う。
彼女も初耳だというその経歴は、たしかにラスティンという剣術の天才を有する今年の試験には、招かれてもおかしくないものだった。
「でもヴィルがまさか、ウィルテシア王国兵だったなんて……。私はてっきりその辺の野盗狩りでもして生計を立ててるチンピラかと……」
「お前なぁ……。人のことをなんだと思ってたんだ」
彼女の師は、呆れぎみに息をつく。
「まぁ、あながち間違っちゃいねぇが。オレの本職はまぁ……傭兵だな。人に雇われて報酬分の仕事をする。王国軍の指導は、正確には指導顧問だ。本職じゃなく定期的に雇われて新兵たちをしごくだけの……ま、簡単な仕事だな」
たまたま町で暴れていた歴戦の傭兵を伸したところ、練兵場の教官にスカウトされて定期的に顧問をすることになったのだと彼は言う。
だが、もし実際にそんなことがあるとすれば、それはとてつもない実力者だということだ。
おそらく新兵ではなく、軍内部でも優秀な上位層を指導するための……そのための特別な人材。
「すごいな!! それってつまり、クライヴよりも強いってことだろ?!」
興奮冷めやらぬ様子で、ラスティンが拳を握る。
「クライヴ?」
「あぁ、春に剣術講師として王国軍から招かれて来た人がいたの」
「あぁ……。てことはあれもやっぱりお前か」
「??」
「いや、久しぶりに練兵場に戻ったらな。クライヴの奴が、魔法学院にやたら強い女がいるって騒いでたからな」
「!! じゃあ、あの人が言ってた『ラズローの悪魔』って言うのは……」
ラズローとは練兵場のある地の名だ。
つまり、『練兵場の鬼教官』とは彼のことなのだろう。
シホはようやく納得がいったという風に、師とクライヴの太刀筋が似ていたことなどを早口で興奮ぎみに語り出す。
その様子は、久方ぶりに会えた師への喜びに満ちていた。
「でもヴィルってば……言ってくれればよかったのに。水くさい」
「何をだ?」
「名前! ヴィル以外の名前、教えてくれなかったから。だから今回だって全然来るのがわからなかったし……」
先生は立腹する。
「あぁ、ありゃ偽名だ。偽名。テキトーにつけた名だからお前に教えるも何もねえ」
「どういうこと??」
「流れの傭兵に、ご立派な姓なんてあるわけもねぇ。なのに練兵場の教官が本名を教えろってうるせーから適当に名乗ったらあれが俺の本名ってことになった」
投げやりに語る師に、先生は呆れ顔だ。
(だから彼女も気づかなかったのか……)
学長から渡された名簿を見たときも、先生はいつもと何も変わらなかった。
それが前庭でこの男を――――ヴィルを見た途端、文字通り目の色を変えて駆け寄ったのだ。
(………………)
「それにしてもシホ、お前、なんか昔より……ガキっぽくなってねぇか??」
「え?」
「昔はこう……もっとツンケンしてただろ?」
先生は過去の記憶を辿るように上を向き――――。
「そんなことないもん!」
「もん、ってお前…………」
頬を膨らませて抗議した。
その姿は誰がどう見ても――――子供だった。
子供のように――――その男を慕っていた。
「なぁ、こいつっていつもこんな感じ?」
ヴィルがげんなりとシホを押し返しながら問いかける。
「先生は――――」
ミリウスは、記憶の中のシホを辿る。
彼女は――確かに変わった。
赴任してすぐのころは、冷静で、冷徹な戦士のようで。
どこか近寄りがたくて。でも話しかけると何でも誠実に答えてくれた。
やがて、いろいろな表情を見せるようになって。
喜怒哀楽を隠さずに、本来の性質だろう無邪気で奔放な性格そのままに、ミリウスたちの前で、教師であると同時に、一人の友人として。同年代の少女として――――弾けるような笑顔を見せてくれた。
それはきっとここでの生活が、彼女にとっても心地の良いものだったからだろう。
その事実に勇気をもらいながら、ミリウスは答える。
「先生は……変わりました。昔は今より静かで落ち着いた雰囲気だったんですが……。随分俺たちにも笑ってくれるようになったんです」
そう告げたのは――――きっと、無意識の対抗心だったのだろう。
ほかでもない、先生が。
彼女が、師であるこの男に――誰の目にも明らかに、一人の少女のように甘えていたから。
目の前で自覚なくはしゃぐシホに、彼女を変えたのは自分たちだと。それこそ子供じみた意地だったが、主張せずにはいられなかった。
「そうか――――」
ヴィルはその言葉に、しばし考え込むふりを見せて……立ち上がる。
「じゃあ、ま、挨拶も済ませたことだし。オレはここらでおいとまするわ」
「え――――泊まっていかないの!?」
「泊まっ……お前なぁ……。いい歳した大人なんだから、もっとこう、恥じらいをだなぁ――――」
「いいじゃん! 別に一緒に寝るわけじゃないし!! ほら、ヴィルも懐かしいでしょ? ヴィルの好きだったリンデール料理だって食べられるよ……!」
シホはあの手この手で男を引き留めようとする。
「いくら師弟でも問題だろ。オレには滞在用に充てられた部屋があるんだ。何か用事があればそっちに呼びに来い」
ヴィルはそれだけ言うと、学寮を出て行く。
「んじゃ俺も」
そう言って立ち上がったファビアンに倣うように生徒たちが続き、集会はお開きになった。
*
「なぁおっさん」
すっかり日が落ち、宵闇が迫る帰り道。
学寮から出て、女子寮へ向かうエメリーたちが別れた道の先で、ファビアンが呟いた。
「なんだ。おっさんなのは本当だが、初対面の人間にそれはどーよ? そういう口の利き方は、人生の難易度が上がるぜ~」
「うるせ」
げし、とファビアンが脚を蹴るが、ヴィルは面白そうに笑っただけだった。
「あんただろ? あいつをあんな風に育てたの。もっとちゃんと育てろよ」
「……?」
「危機感がねぇ、警戒心もねぇ。おまけに反吐が出るほどお人好しだ。ありゃ絶対…………つまんねーことで無駄死にするぞ」
「………………」
ヴィルは天を仰ぐ。
「一応、そうならないように育てたつもりなんだがなぁ」
見えない星を見るように、ヴィルは目を細める。
「ま、育っちまったもんは仕方がねぇ。あいつももう大人だ。自分でどーにかすんだろ」
にしても……、とヴィルは相好を崩す。
「ファビアン、っつたか。お前も――――損な役回りだな。いっつもそうして人が言えねぇ指摘をして、煙たがられるタイプだろ」
「……」
「人生、損してるねぇ~~。もっと楽に生きればいいだろうに」
――『お前は楽そうに生きてるようにしか見えねぇけどな』と、ファビアンが毒付く。
「ははっ、違ぇねえ! オレはそういう性分だからなぁ。…………でも」
「?」
「オレは、お前のそういう生き方も…………嫌いじゃないぜ?」
豪快に笑って、ヴィルはファビアンの肩を組む。
「よし、決めた! 損しかないお前の人生に、この人生の先輩がおごってやろう!」
「は!?」
「どーせお上品な料理には飽き飽きしてんだろ。練兵場上がりの料理人の店に連れてってやる。男のザ・肉料理!を紹介するぜ」
そう言ってヴィルは振り返る。
「ほら、お前たちもついてこいよ。ダチなんだろ?」
ラスティンが駆け出す。
ファビアンが、『こいつ卒業試験前の生徒を街に連れ出そうとしてやがる……信じらんねぇ』と毒突く。
けれど賑やかに3人は小さくなって――――呼ばれたミリウスもそれに続いた。




