第151話 招待客
ミリウスがシホに付き添い辿り着いたのは、学院の前庭だった。
まだ雪の残る前庭には、いくつかの轍が残り、幾度か馬車が出入りした形跡があった。
「来客……ですか?」
書類と睨み合いを続けるシホに問うと、彼女は『そ』とだけ、そっけない返事をした。
「………………」
あの聖霊祭の夜、彼女に気持ちを伝えて以来――――シホの態度は、これまでが嘘のようにそっけなくなった。
以前はいつでも、どんな些細なことでも、声をかければ嬉しそうに受け入れてくれたのに、あの日以来二人きりの場で彼女は笑顔を消した。
それが頑なに自分を拒絶している証のようで――――彼女の横顔を見るたびに、心が折れそうになる。
もちろん、諦めるつもりはない。
でも、あまりに撥ね除けられ続けると、これがいつまで続くのか、ずっとこのままなのか、彼女がほかの誰かのもとに行ってしまうのではと、焦る気持ちが強くなる。
(一体どうすればいい…………?)
彼女の気持ちをつかむ手段がわからなくて、ミリウスはただシホのことを見つめ続けるのだった。
*
しばらくして、ガラガラとした馬車の音と共に、前門の前に一台の馬車が止まった。
中から魔術師だろうか――――ローブを身につけた壮年の紳士が、雪を踏み分けてこちらに歩いてくる。
「あれは…………」
「卒業試験の試験官の先生よ」
シホが名簿を参照し、出迎えに行こうとした矢先――。
突如壮年の魔術師が、瞳を輝かせると『おおっ』と足早にこちらに駆けてくる。
「ヒンドリー先生……!! お久しぶりでございます……!!」
壮年の魔術師はミリウスたちの脇を抜けると、その背後の入り口に佇んでいたヒンドリー教授のもとへ駆け寄った。
「久しいな……二十年ぶりかね」
「えぇ! えぇ! そうですとも!! 先生に教えていただいたおかげで、こうしてこの学院に戻ってくることができました」
感動の再会を果たす二人は、きっと遙か昔――この学院で掛け替えのない時間を共にした師弟だったのだろう。
感涙を流す彼らが学院の中へと去って行くのを見送って、ミリウスはシホに尋ねた。
「いまの方の出迎えを……?」
「そうだったんだけど、おそらく必要ないでしょうね。水を差しても悪いし……」
そう言ってシホは再び説明を続ける。
「毎年卒業試験には、その年の学生の特性に応じて、何名か外部の専門家を試験官に招聘するの。今年は3名…………すでに1名は到着していて、今ので2名。残るはあと1名ね」
「何という方なんですか?」
「これは……なんて読むのかしら。 ヴァル? ヴィルフレート? ヴィルフレッド……ヨーカー……??」
「聞かない名前ですね」
魔法学院の試験官ともなる人物なら、それなりに名の通っている魔術師なのかもしれない。
そう思ったのだが、必ずしもそうではないようだ。
「あぁ、それはこの人は――――……」
シホが何事かを言おうとしたとき、前門のほうが何やら騒がしくなった。
『だーかーらー! 俺はここに招かれて来たっつってんだろ!? 何度言わせんだよ、ったく……』
何やら粗野な口ぶりの男が、門兵と口論をしていた。
『招聘書? あー……どこだっけな。あー、あったあった、これだろ? ほらよ』
ふてぶてしい口調の男は、門兵に何やら紙を投げ渡すと、飄々と前門を抜けてくる。
(招聘書……? あの男が……??)
見た目は、30になったかならないか。
中肉中背の、粗野な雰囲気の――――とても魔術師には見えない男が、悠々と前門を抜けてきていた。
体躯は筋骨隆々とはいえないが、おそらく鍛えている。
雪の中だというのに男の足取りはしっかりとしていて、まったく危なげがなかった。
魔術師というより――――傭兵。
毛色の違い過ぎる『招待客』に、ミリウスの警戒心に火がともる。
「先生――――――」
警戒を促そうと、隣に立つ彼女を見る。
すると彼女は、ミリウス以上にその男を食い入るように見つめていた。
まっすぐに、その男だけを。
まるでそれしかこの世にないように。
彼女の大きく見開かれた瞳が、きらりと一度、輝いた。
「っ――――」
ゆっくりと残像を残すように。
彼女がその場を駆け出した。
雪を蹴りながら、足をもつれさせながら。
がむしゃらに大地を蹴って、ひた走る――――。
その視線の先には――――その男しか見えていなかった。
「ヴィルっっっ…………!!!!!」
先生が、渾身の力を込めてその男に飛びつく。
「うおっ」
その男の首に手を回し、嬉しそうに、勢いのままにぐるぐると二回転もしてから、ゆっくりと大地に着地する。
「お前…………シホか……?」
「そうだよ! 誰だと思ったの!?」
紅潮した頬で、喜びを爆発させて、先生は破顔した。




