第150話 雪の日
アーミントンの冬が盛りを終えるころ。
久しぶりに快晴となった空を仰いで、生徒たちがはしゃいでいた。
「先生見て! 雪人形!」
「可愛いけど……エメリー、あまりはしゃいで風邪をひかないようにね」
「はーい!」
南東地方出身のエメリーは雪が珍しいのか、校庭の雪をすくっては小さな人形を作り、ベンチの脇に乗せている。
「あれ……先生寝不足? 元気ないね??」
「ん……? あー……ちょっとね。試験のことを考えてたら……」
「! あーあー聞きたくなーい。いまだけはその話題は聞きたくないっ」
耳を塞ぎ逃げ出してしまうエメリーの気持ちもわかる。
学院最終学年の彼らには、卒業試験が迫っていた。
「エメリーはどうかしたんですか?」
ざくざくと、浅い雪を踏み固めながらミリウスが近づいてくる。
(皆の前なら……大丈夫)
きちんと場を弁えているミリウスは、生徒たちがいる場所でなら、いつものように真面目な監督生に徹していた。
「卒業試験のことを気にしているの」
「あぁ……」
「あなたたちなら大丈夫なんだけどね……」
シホの目にも、自慢の生徒たちは皆安心して試験へと送り出せる実力だった。
ただし、卒業後に王立魔法研究院を目指すエメリーにとっては、ここでの成績が採用の可否に直結する。
だから、より神経質になっているのだろう。
「先生は、このあとはどうするんですか?」
「――――ついてくる気?」
「駄目ですか」
「…………別に、いいけど」
ミリウスは、未だシホのことを諦めていない。
以前のように暴走することは減ったものの、それでもどうにかシホの気を引こうと、何かにつけてあとをついて回っていた。
(もっと早く決断するべきだったのかもしれない……)
ミリウスの変化に、気のせいだと見て見ぬふりをする前に。少しでも違和感を覚えた時点で、さっさと学院を去っていればよかったのだ。
(でも……できなかった……)
生徒たちの成長する姿を見るたびに、嬉しくて。
彼らと交流するたびに、受け入れられるたびに幸せが増えた。
だから彼らの今後を考えたとき――――卒業試験という大事な節目のこの時期に、彼らを放り出すことなどできなくなってしまっていた。
(だから――――告白してきたの? 私が――――逃げられないから)
隣を歩く、目下シホの不眠の原因の一つとなっているミリウスをじとりと見上げる。
「…………どうしました……??」
「何度言っても断られるのがわかってたのに。どうしてあんなことをしたの……?」
見渡す限り、近くには誰もいない場所でなら、きっと問題はないだろう。
むしろ適度に周囲を警戒する状況のほうが、ミリウスとも冷静に話ができるような気がした。
「それは…………」
「それは?」
「あなたが…………自分を大事にしないから」
「…………は?」
「あなたは、何度言っても、何度頼んでも。自分のことをまるで物のように軽く扱う。傷ついても、傷つけられそうになっても、何でもないことのように……それに、耐えられなかった」
初めて聞くミリウスの本音だった。
「あなたが自分を大事にしないなら。大事にしている人間がいることを知ってほしかった。俺がどんなに――――心を痛めているか、知ってほしかった」
「……………………」
いまなら、やっと、少しだけその心情が理解できるような気がした。
このひと月で、散々苦しむ彼の顔を見てきたから――……。
それをもたらしているのが自分で、解決できるのが自分だけだとしても。
シホには、それに頷くことはできなかった。
(平民は、王族とは一緒になれない――――)
王がどれほど望んでも。どれほど綺麗に飾り立てても。
その血筋だけは、偽れない。
周囲の謗りを、免れない。
妾を妃にした王だと―――― 一生囁かれることになるのはミリウスなのだ。
自分は彼に……そんな謗りを受けさせたくない。
彼の未来に……泥を塗りたくない。
そして『私は妾でいい』などとも、きっと絶対――――自分は言えないのだ。
もし誰かひとりを愛したら――――きっと誰かと共有なんて、自分はできないだろうから。
(ならきっと――――すべてに目を瞑ったほうがいい )
彼が…………どうか諦めてくれることを願って。
(そのほうが――――きっとミリウスのためになる)
シホは、彼を置き去りにするように速度を上げた。




