第148話 大樹の下で 2
「先生……あなたが好きです。教師としてではなく、一人の女性として――――あなたが好きだ」
夜のバルコニーでミリウスがそう告げたとき。
シホの視界に、一片の白がふわりと舞った。
一片、また一片。
次々と数を増し、舞い落ちるそれらに天を仰ぐ。
するとそこには、暗い空から今年初めての雪が、地上を優しく包み込むように降り注いでいた。
(あ…………)
そしてシホは、見つけてしまった。
なんの意図もせず見上げた空に、その雪が吸い込まれそうな深い夜の縁に。
静かにそびえ立つ校舎の白壁に――――その『紋章』を。
王立学院、ゆえに王国の威信を示すように掲げられたその『国章』に。その白い縁取りの中に、悠々と天を目指し枝葉を伸ばす――――伝説の大樹の姿を。
――『聖霊祭の日に大樹の下で告白した男女は、末永く結ばれる……』。
つい先ほど聞いたばかりの、ミリウスの言葉が蘇る。
はっとして彼を見ると、彼はただ真っ直ぐな瞳で、こちらをじっと見つめていた。
「ミリ……ウス…………」
「あなたは、きっとそんなことを夢にも思わなかったでしょう。でも俺は…………本気です」
「!」
「本気で、あなたに焦がれ続けていた……」
青い瞳が、淡く揺れる。
「あなたの強さに憧れて、優しさにまどろむような愛しさを覚えて、その弱さに……守りたいと、ずっと傍にいたいと――――そう願った」
だから、と。
ミリウスは熱い想いを吐息に乗せる。
「どんな神話に縋っても。どんな迷信に頼っても――――」
熱く煙る白い息の向こうで、輝く瞳が、真っ直ぐにシホだけを捉えていた。
「俺は――――あなたと、」
雪が、瞳が、夜が、煌めく。
「あなたと共に――――生きていきたい」
*
「っ……!」
その言葉を聞いたとき、何故かシホの目頭を熱いものが襲い、シホは慌てて顔を背けた。
「………………」
なんと返せばいいのかわからない。
たぶんもう、逃げ道も、見て見ぬ振りをできる道も――――残されてはいない。
「あの……あのね、ミリウス――――」
やっと顔を上げたシホのもとに、次いで掛けられたのは、意外な声だった。
「返事は………………構いません。少なくとも今は――――どんな答えも受け付けない」
「……?」
「あなたのことです。どうせ教師だから、生徒だからと……つまらない理由で断ろうとするのでしょう?」
俺自身のことなんて何も見ずに――――。
そう言いながら、ゆっくりとミリウスはこちらに歩み寄る。
「そんな理由で拒絶されるなんて……御免です。どうせ突き放されるなら、俺を見て、俺だけの理由で……どうしようもないまでに突き放してほしい」
「…………」
「だから、それまでは。卒業の日までは、あなたの答えは聞きません。だから――――それまでは」
ミリウスは、そっとシホの手を取ると、その手の平に口づける。
「俺だけを見て、俺自身のことを…………よく考えて欲しい」
吐息のかかる手の平に硬直するシホに、再度彼は口づける。
愛おしそうに。懇願するように。
その想いを――少しでも手の平から伝えるように。
のぼせ上がるような冬の夜を、雪が静かに覆い隠していった。




