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第144話 マリーベルとエメリー 2


 父がマリーベルを王妃にしようとする理由。


 それがわかったのは、ある日の他愛ないメイドたちのお喋りだった。


「ねぇ、この間のお嬢様の夜会姿を見た? 亡くなった奥様そっくりだったでしょう?」


 たまたま屋敷の廊下に居合わせた本人に気づかない、メイドたちの密やかな雑談だった。


「えぇ、本当に……。私は奥様の生き写しかと。――――もっとも、奥様よりは物静かであったけど」

「? 奥様だって、あんな感じじゃなかった??」


 年若いメイドは首を傾げる。

 が、古参のメイドはゆっくりと首を振った。


「アンタは若いから知らないだろうね。奥様はね……いまでこそ物静かな奥方として知られちゃいるが、結婚前は――――それは華やかで生き生きとしたご令嬢だったんだよ」


 ――まさか、と年若いメイドが驚くのも無理はない。

 娘であるマリーベルの目から見ても、母は大人しく、どこか気弱で、他人との交流を拒むような――屋敷で夫と子供たちだけに囲まれて過ごすことを好むような女性だった。


 それこそ――――極端に表現するならば、()()()()()ような…………そのとびきりの美しさとは対照的に、日の光を避けるような人だった。


「……それはね…………。いいかい、ここだけの話だよ?」


 きょろきょろと、周囲に人がいないのを確認してメイドは囁く。


「それはね、実は旦那様の所為なんだよ――――」

「?」

「旦那様がね――――奥様をおとしいれたんだ」


 そうしてメイドは、両親の過去を語り始めた。





           *





 ブラックフォード伯爵家は、代々王家の手足として、国内の諜報活動を担う家だった。

 社交界において貴族と広く交流し、その中から王家に叛意を持つ者を炙り出す。

 ときには間接的に手を下すこともある、闇色の貴族。


 だから父は、長年その役目を負わされる家系に嫌気が差していた。

 他家の恨みを一身に買いかねない役回りに、どうにかこの呪われた血筋から逃れられないかと模索した。


 そうして父は――――ある日見つけたのだ。


 たった一つの、とてもいい『解決策』を。




『娘を、王妃にすればいい』

 



 父は、自分の娘を王子の妃にしようとした。


 そうすれば王家とは縁戚だ。

 家格は上がり、縁者を間諜のような危うい仕事から外すだろう……と。

 王家の意向がそうでなくとも、それを選択できる立場に娘がなるはずだった。


 そして、娘を王妃にするためには――伯爵家という妃には到底低い家格で、王子から求められるためには――――美しい娘が必要だった。



 だから父は――――――母に目をつけた。




 美しい、社交界の華と呼ばれた明るい母。


 誰もが彼女のことを褒めそやし、やがていつかは王妃になるのではないかと噂される美しい令嬢。


 そんな彼女を手に入れるために――――父は一計を案じた。



 寡黙で、冷徹で、鷲のような目を持つ――――およそ若い令嬢に持て囃される人物ではない父は、母を()()()ことで手に入れようとした。





「奥様はね、ある日事故に遭ったんだ。それで顔に大怪我をして――――……」


 母は、いつも顔の左半分を髪で隠していた。


「それ以来、人目を避けるようになられて……」


 娘の自分にさえ、それを見せようとはしなかった。


「随分気も小さくなられて、引きこもりがちになったところに――――……旦那様が現れたんだ」



 傷物の令嬢に、その傷を気にかけることもなく、優しく接する男。

 その純朴な愛情に、令嬢が心許すまで時間はかからなかった。


 やがて二人は結婚し、子を成し、そして――――……。



「だからマリーベルお嬢様は、旦那様の悲願なんだよ」


(………………!)



 王家と縁戚になる。

 そのためだけに母を陥れ、その人生を捻じ曲げ、生み出され、育てられた自分。


 ただ、父のその思惑を成就させる、そのためだけに――――……。



「あの方は、旦那様の呪いと怨念でできた『お人形』なのさ」





 …………マリーベルは、静かにその場を逃げた。








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