第142話 パジャマパーティー 3
「先生はどこで寝る?」
この日の正午、急遽決まったパジャマパーティーで、さんざん顔や髪型をいじり倒され、深夜の罪深いお菓子パーティーまで堪能したシホは、ようやく本題である就寝時間まで辿り着き、ホッと息を吐いた。
シホがエメリーとマリーベルを案内したのは、リースター寮にあるかつての寮室だ。
まだこの寮が、教師の宿舎兼サロンではなく、ちゃんと学生寮として機能していたころ、寮生たちが相部屋で使用していた正真正銘の寮室。
そこには狭い室内の両側に、二段ベッドが並んでいた。
「私はどこでも……」
本来の目的は、エメリーの不眠解消だった。
だからエメリーが好きな場所を選んでくれればそれでよかったのだが……。
「じゃあ先生は左下ね! マリーは……上はちょっと危なっかしいから、右下で。わたしはその上のベッドにする!」
それぞれが就寝するベッドを決め、シホは安堵の息とともにそこに潜り込む。
(これであとは眠りにつけば……)
それでエメリーが楽しい思い出と共にぐっすり眠ることができれば、それで万事が解決だった。
――――が、
「ねぇ先生。眠る前に少しお話ししようよ」
「え?」
「そのほうが安心できるし」
エメリーはまたしても雑談を持ちかけてきた。
そのほうが不眠解消に繋がる――そう言われてしまえば、シホにはそれを断ることができない。
シホは消しかけた手元のランプの灯りを、そのままにした。
「それで……? 今度は何の話?」
先ほどまでも、すでに散々話はしていた。
クラスのことや、自分が魔術師を目指した理由、街の美味しいお菓子屋や、学食メニューの作り方。
彼女たちが思いつく話題すべてに乗って、まさに女子会らしく、散々話をしてきたのだ。
(その上で、もう話題のネタなんてないでしょう……)
そう思っていたのだが。
彼女たちは、とんでもない話題を投げてきた。
「ねぇ先生、先生って、好きな人はいないの――?」
「!?」
そうだ、忘れていた。
この年頃の女子の話題といえば、定番のコレがあった。
自分が女子らしい生活を送ってこなかっただけに失念していたそれに、シホはぎくりと肩を強ばらせた。
「ハハッ、ごめんねー。あなたたちの期待に添えるような話題は全然なくて」
「先生は、ミリウスのことどう思ってるの?」
「!?」
どうしてそこでミリウスが。
もしや一昨日のミリウスに抱擁された場面を見られていたのだろうか――。
思わず反射的にエメリーを見上げてしまうと、そこには、にんまりと目的のものを見つけたような、少女の期待する眼差しがあった。
「わたしたち、何も見てないわけじゃなかったんだよね〜」
「そうなんです。見て見ぬ振りをすべきかと思いましたが――」
マリーベルは逡巡する。
「やはり先生のためにも、きちんと確認しておくべきだと思いまして」
可愛らしく、枕から身を起こしながらマリーベルは言う。
「ねぇ、先生はミリウスのことが好きなの?」
「は……!? 何言って……」
「ミリウスは、先生のことが好きなんだと思うけど」
「!?」
どこをどう取ればそんな結論に行き着くのか――そう反論しようとしたものの、先日のあの場面を思い浮かべると、どう言い訳すればいいのか、自分でも答えがすぐには出てこなかった。
「それはきっと、あなたたちの思い違いよ――」
「そうでしょうか?」
マリーベルの真剣な声が響く。
「ミリウス様は、先生をとても慕っておられるように思えます。いつも先生のことを見ていらっしゃいますし、何より先生の身をいつも案じていらっしゃいます」
「――――」
「それも、おそらくご自身のこと以上に――……」
そう言われれば、思い当たる節がないわけでもなかった。
(けどそれは、彼が人一倍親切なだけで――――)
善良で誠実な人柄だから、他人のことを気にせずにはいられないだけなのだ。
「だからそれはあなたたちの思い違いで――」
「先生は、ミリウスのことをどう思ってるの?」
「っ」
「先生が、ミリウスのことをどう思ってるのか、わたしたちは聞きたいの」
エメリーの真剣な眼差しに、シホは逃れる術を失う。
「ミリウスは……いい生徒よ。真面目で、人当たりもいいし、誰に対しても誠実で、正面から向き合おうとする――自慢の、リースター・カレッジの監督生よ」
「…………」
それが、シホの偽りない本心だった。
どこに出しても恥ずかしくない、自慢の生徒。
将来が楽しみな、自分を慕ってくれる可愛い生徒の一人だ。
「じゃあ先生は、ミリウスがマリーと結婚しても祝福できる?」
「――――な、」
思わずマリーベルに向き直る。
彼女はこちらを真っ直ぐに見て、こう言った。
「わたくし、お父様にミリウス様と結婚するようにと言われてこの学院に来ましたの」
それは――――薄々、そうではないかと思っていたが。それを本人の口から聞くと、別の衝撃があった。
「マリーベル……。あなたは、それでいいの?」
家の意向で。結婚相手を定められ。
貴族の世界では珍しくもないことなのかもしれないけれど、それで彼女は本当に幸せになれるのだろうか?
心配になり、本当にそれでいいのかと問いかけると、マリーベルは優しく微笑んだ。
「そうですわね。人は誰しも幸せになる権利がありますわ。だからわたくしは――――本当は、もうあの方との婚姻を望んでなどいないのです」
もっと大切なものを見つけましたから、と眩しそうに微笑む。
そして、
「だからこそ、ほかの方にも幸せになってほしいのです。ミリウス様にも、先生にも――――本当に大切なものを、簡単に失わないでほしいのです」
切なる願いを告げるように、マリーベルは語る。
「それに、わたくしの見当違いでなければ――――先生も、ミリウス様のことは、けしてお嫌いというわけではないのでしょう……?」
「――――!」
もちろん、ミリウスのことは――――好きだ。
嫌いになるはずがない。
だがそれは、あくまで生徒として、だ。
それ以外の感情など――――あっていいはずがない。
「もちろんミリウスのことは好きだけど――――あくまで生徒としてよ。あなたたちと同じように、一人の生徒として大切なだけ。……そもそもあなたたちは生徒で、私は教師なんだから、こんな恋愛話なんて当てはまるわけがない――……」
「そんな枷、あと半年もすれば消えてなくなってしまいますのに――」
小さく落とされたマリーベルの声は、布団に落ちて静かに消えた。
そう、彼は生徒で、自分は教師。
そんなことを考えることすら、許されない。
だから彼女たちの問題は杞憂で、無いに等しいことなのだ――――。
だから、何も変わらず、何も進まず――。
ただ、この心地いい時間を、何も考えずに享受したい――。
そんな自覚してしまった内心を押し殺すように、シホはランプへと手を伸ばし――灯りを消した。
「ほら、もう時間よ。寝ないと明日に響くでしょう。――――お休み。いい夢を」
そう言って、布団を頭から被る。
そうすれば、見て見ぬ振りをしていたすべてが消えてくれることを願いながら――――。
シホ・ランドールは、温かな布団の中へと逃げたのだった。




