第139話 温もり
犯人を拘束し、念入りに眠りの魔術をかけたあと。
衛兵を呼びに行くと駆け出していったラスティンとファビアンに入れ替わるようにして、ミリウスがシホのもとへと近づいてきた。
「先生…………これを」
そう言って彼は、制服の上着を脱ぐと、それをシホに差し出してきた。
「え……? あぁ、……ありがと」
下着姿のままだった自分の格好を思い出し、シホはその服を受け取る。
(広場の中央まで戻れば、私の服も落ちてるんだけど……)
まさに今そこでは、エメリーとマリーベルが再会の感動を分かち合っている真っ最中だった。
側に寄って水を差すのも無粋だし、何よりきっとこのままでは、ミリウスが目のやり場に困るのだろう。
紳士な彼の配慮に感謝して、シホは大人しく服に袖を通す。
そうするとようやくミリウスは、正面からこちらを見るようになった。
「そういえば、そちらは大丈夫だった? 傭兵たちを任せてきちゃったけど」
ここに来るまでの間、ミリウスたちに傭兵の大男たちの相手を任せていたことを思い出す。
するとミリウスは何でもないことのように、一言こう答えた。
「問題ありません。すぐに片はつきました」
たしかに見上げるミリウスの体には、どこも怪我をした様子はない。
ラスティンたちも元気に走って行ったところを見ると、誰も大事なく敵を制圧できたのだろう。
「フフっ……」
「何がおかしいんです」
「いや、きみたちも強くなったなぁ……って。私が抜かれるのも時間の問題だね」
その充実した満足感に身を翻せば、次の瞬間、大きな力強い腕が、背後からシホを抱き留めた。
「だったら――――――自覚してください」
ぎゅうと、シホを抱き締めたミリウスの声が頭上から降る。
「あなたは…………危ういんです。自分の力に驕って、自分を顧みないで……。あなたを狙う男は、この世にいくらでもいるというのに――――」
彼の指先が、シホには大きすぎる彼の服の布地を掻く。
「こんな姿まで無防備に晒して――――……」
その苦しげに押し殺したような呟きには、彼の深い後悔が詰まっているような気がした。
(そうか――感覚が、違うから)
異世界の夢を見て、あちらの知識がある自分には、この姿も向こうの『水着』とそう変わりない。
そして森に入り魔物退治をする者ならば、『装備』の破損など当然で。命さえ無事ならば、ほかの全ては二の次で、些末な大したことではない――……。
だから、気にはしていなかったけれど。
彼にとっては――――きっと違うのだ。
深窓の令嬢なら、夫以外の人間に肌を晒すなどありえない。下手をすれば、それを悔やみ命を絶ちかねないほどの屈辱だ。
そんな酷い辱めを受けても、気丈に笑っている――――そんな風に、彼には映っているのかもしれない。
「大丈夫。大丈夫だよ、ミリウス」
気にすることはない。彼がそれほど悔やむようなことではないのだと、自身を抱く腕を優しく撫でる。
「でも俺は…………嫌です」
「?」
「あなたにそんな格好をさせるのも。それを……ほかの男に見せるのも」
ぎゅうと、さらに体に回る腕がきつく抱き締められたところで、ふと、ここには別の視線もあったことに気づく。
「! ちょ、ちょっと待って……! あっちにエメリーたちがいるから……!」
少し離れたところでは、エメリーとマリーベルが談笑していた。
幸いまだこちらの様子には気づかれていないようだが、もし見られればあらぬ誤解を受けるだろう。
「とりあえず離してっ……!? 話ならあとで聞くから……っ!!?」
腕の中から逃れようともがいていると、突如チリリと首筋に得体の知れない痛みが走った。
(――――!?)
咄嗟に手で覆うが、何も変化はない。
ただ眼前には、シホを解放し大人しく佇むミリウスがいるだけだ。
もっとも、その目はまだ何か言いたげに静かに揺れているけれど――――……。
「話はまた後日ね。ほら、まだいろいろ後片付けとかあるし!」
言うなり服や武器、魔導書を回収し、建物の中に入り着替え場所を探す。
その、ひやりとした屋内に入った瞬間――――。
(……寒っ)
長い間火を入れられていない建物特有の肌寒さが体を襲った。
けれど構わず適当な机を見つけると、埃を払い、荷を置いて、着替えのために彼に借りた服に手をかける。
その、いつもより大きなボタンをゆっくりと一つずつ外しながら、
(そういえば…………温かかったな……)
ふわりと蘇る記憶を振り返った。
力強く長い腕の中で感じた、ほのかな温もり。
その、背から伝わる自分のものではない体温は……柔らかく、まどろむように愛おしくて。
なぜか……思い出すと、ひどく。ひどく、抜け出しがたかった。
(もし、ほかに誰もいなかったら――――……)
もしものありえなかった状況を想像して、
(――……っ!)
もう少し、あのままでいたかったなんて――……。
そんなことを、思ってしまった自分に。
「あれは……そう、寒かったから! 寒くて、こんな格好だったから――――! あはははは」
ひとり、誰もいない空間で、シホは言い訳のような独白をこぼすのだった。




