第136話 炎の瞳
「魔術師先生よぉ、抵抗はすんなよなぁ? んなことすりゃ、おめえさんのところの生徒がどんな目に遭うかわからねェ……。可愛い生徒の悲鳴なんて、おめぇさんも聞きたくねぇだろう……?」
傭兵を生業にする大男の指が先生へと伸びた瞬間――――ミリウスは腰に佩いた剣を握る手に力を込めた。
「――――っ!」
エメリーたちのことは理解している。
人質という大変な状況であることもわかっている。
それでも!
先生をこの男たちに引き渡すことは、絶対に看過できることではなかった――――。
同じく、周囲でラスティンたちの気配も動くのを感じた瞬間。
――――それは訪れた。
一瞬の地響き。
時間にして、1秒の数分の一の違和感の先に、凄まじい轟音と共に土槍が地上から突き上げる。
それは尖塔のごとく鋭く突き上がり、先生へと触れようとしていた男の手を貫いた。
「な゛っ……!! ガッ……!!」
男が串刺しになった自分の腕を震わせる。
瞬間、土槍から蛇のように炎が現れ、男の腕に絡みついた。
「お前――――!!!」
男が怒りに満ちた目で先生を見下ろす。
炎が、男の片腕を焼き尽くす。
その、紅蓮の明かりに照らされながら、先生は、
「――――――落ちろ」
短く言い残し、身を低くすると、魔術で強化した渾身の一撃を男の下顎に叩き込んだ。
仰け反り、宙を舞い、崩れる土槍の枷から放たれ大地に落ちて動かなくなった大男に、先生はゆらりと立ち上がる。
「……あなたたち、傭兵よね?」
「そ、それがどうした――!」
残党の一人が剣を向けながら吠える。
「傭兵は、金のために人を殺し、金のために殺される――――その覚悟、なかったとは言わせないわよ?」
「何を、バカなっ……! 人質がどうなってもいいのか――――――ッ?!」
瞬間、肌が震えるほどの殺気が場に満ちる。
見れば普段は澄んだあの美しい先生の瞳に、紅蓮の炎が業火のごとく燃え上がっていた。
煌々と、紅い輝きを湛えた瞳は静かに語る。
「あの子たちに手を出した輩は――――――万死に値する」
ゴウと音を立てて、残党たちの周囲に紅蓮の炎が立ち上る。
「だから、俺たちに手を出せばお前の生徒が――――」
「それを、」
「?」
「どの口が、知らせに行くというの?」
業火の帳で覆われた残党たちに、先生は一歩、また一歩と歩を進める。
残党の隊列の後方で若い傭兵が足をもつれさせながら炎の切れ間へと逃げ出した。
しかしそれにも、先生は静かに呟いただけだった。
「逃がさない」
その一言。たったそれだけで、大地から黒い蛇のような炎が立ち上り、一瞬で男の足を絡め取ると地面に引き倒す。
そしてズリズリとその身体を炎の内側へと引き戻した。
最後の切れ間が幕を閉じ、生きた炎の檻が完成する。
その内側で、先生は敵から奪った剣で、次々と敵を倒していった。
大剣を振り回す者には、その大きな隙を突いて蹴り倒し。ナイフを手に向かってくる者には、手の平から生み出した氷弾を撃ち込んで目を潰した。
同時に周囲を囲もうとする者たちに、大地から伸びたあの黒い炎の腕が、彼らの連携を阻まんと蠢いた。
爛々と、魔に魅入られたかのような赤い瞳で、先生は敵を打ち倒す。
煉獄の炎を、その明かりを、全身に浴びながら。
「凍てつけ」
今度は炎を打ち消し、伸した男たちを氷漬けにしながら、先生はそれらを見下ろした。
未だ熱を持つ無慈悲な瞳が、地に伏した男たちを睥睨する。
(強い――――さすが先生だ)
ずっと一瞬たりとも逃さず目で追っていたが、先生には怪我らしい怪我さえなかった。
まるでこうした現場を何度も潜り抜けてきたような、経験に裏打ちされた安心感――――そんな圧倒的な強さが先生にはあった。
「吐きなさい。あの子たちはどこにいるの?」
先生が残党の一人を締め上げて、エメリーたちの居場所を聞き出そうとする。
男は『うぅ……』と呻いて、何事かを苦し紛れに呟いた。
「ガキどもは……東の旧商館跡に……っへへっ……」
「……?」
「もう遅い――――ざまぁみろ」
(――――!)
男が不敵に笑った瞬間、先生の見えない背後できらりと何かが煌めいた。
通り沿いの家屋の上、3階の窓の中から、硬質な輝きが先生を狙い澄ます。
「――――伏兵だ!!」
ファビアンが鋭く叫んだのと同時。
ミリウスは素早く先生と敵の間に割り入ると、飛来した矢を間髪入れず剣で叩き落とす。
地面に折れた矢が跳ねると同時に、3階にいた射手をファビアンが機械弓で撃ち落とした。
先生が、残党を手放すとゆらりと立ち上がる。
「……ありがとう。完全に見落としてた。だいぶ頭に血が上ってたみたい」
反省するようにくしゃりと前髪をつかむ。
その瞳はまだ煌々とした光を宿していたが、いくらか冷静さは取り戻したようだ。
「いえ、あなたが無事なら、それでいいです」
そのために、こうして武器を手にここまで駆けつけたのだから。
「――っておい、まだ安心してんじゃねェぞ! ほかにも別働隊がいやがった!!」
ファビアンの叫びと同時に、通りの陰から、新手の集団が現れる。そして――――。
ゆらり、と。
先ほど先生に伸されたはずのあの大男が、大地にその巨腕を突き立てて、ゆっくりとその体を起こした。
「――――っ!」
先生が、身構える。
が、ミリウスはその視界の前に立ち塞がると、シホを背に庇い矢継ぎ早に指示を出す。
「先生は、行ってください!! ……奴らの狙いは先生です。……あなたはここではなく、エメリーたちを救いにいくべきだ」
「でも……!!」
「大丈夫です。あなたの自慢の――――『生徒たち』、でしょう?」
視界の先では、弓に矢をつがえるファビアンが、剣を構えるラスティンが、ニッと不敵な笑みを浮かべている。
誰も彼も、そこらの野盗まがいに引けを取るような実力者ではない。
「俺たちは大丈夫です。――さぁ行って!!」
声で、強く彼女を叱咤する。
その普段とは真逆の状況に――――彼女は一瞬戸惑ったあと、意を決すると短くこう言った。
「わかった。ここは任せる――――。だから無事に…………絶対に無事に帰ってきて」
その願いは、誰より自分が彼女に願うものだというのに……。
同じ願いを共有できることが嬉しくて、ミリウスはひとつ、こくりと頷く。
「えぇ、必ず」
その頷きを確認し、未練を、迷いを振り切るように、通りの先へと駆けていくシホの足音を聞きながら、ミリウスはもう一度剣を構え直す。
「……よぉ、坊主。人の『獲物』を勝手にどこかにやってんじゃねぇよ」
「…………」
「あの女…………今度捕まえたらタダじゃおかねぇ。泣いて、喚いて、おかしくなるまで……使い倒してやる」
呼吸が――――――凍る。
この野蛮な生き物を――――どれほど生かしておく価値があるだろうか、と。
そう計算してしまう心に、冷静に目蓋を閉じる。
「…………下種が」
彼女には、金輪際指一本触れさせない。
それどころか、彼女を視界に収めることさえ烏滸がましい。
獣は――――人の心を持たぬ獣は、ここで狩っておかなくては。
「来い――――――木偶の坊。私が直々に――――返り討ちにしてやる」




