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第135話 脅迫


 ミリウスが友人たちとともに学院を抜け出し、再び旧市街にいる先生に出会ったとき――――彼女は、数日前娼館にいたときのような扇情的な服ではなく、いつもの戦闘服を着ていた。


(よかった……)


 遠くに見えるその姿に、駆け寄りつつ内心安堵に胸を撫で下ろす。

 生半な刃や魔法を通さない特別仕様のコートに、牛の骨すら踏み砕く鉄板入りのブーツ。

 一分の隙もないその装いは、彼女がいま完全な戦闘仕様でいることを示していた。


 見ればどこか目つきも鋭い。気配も研ぎ澄まされていて冷ややかで、まるで学院に初めて赴任したころや、リンデールで調査討伐隊の見学をしていたときのようだ。

 そこには淡々とした、戦士の気配のようなものが漂っていた。


「どうしたの。学院の外出禁止令はまだ解けてないと思うんだけど」


 突き放したような硬い物言い。

 その反応に、来たことを一瞬後悔しながら、それでもクラスメイトのためには引くわけにはいかないと現状を訴える。


 すると先生は驚き、そして微かだがまるで心臓を鷲づかまれたような表情を見せて顔を伏せた。


「…………ごめんなさい。ここには来てないわ、あの二人は」


 その必死に二人の行方に思考を巡らせる様子に、やはり先生は自分たちの近くにいるのだと実感する。

 一瞬どこか遠い存在になったような気がしたが、彼女は間違いなく自分たちのことを一番に考えてくれる担任だった。



 エメリーとマリーベル。

 二人が同時に消えたということは、おそらくマリーベルがエメリーについていったのだろう。

 あの二人はいつも何をするにも一緒だった。

 特に行動派のエメリーに感化されて、マリーベルが未知の経験に踏み出すことが多かった。


 ただ、エメリーは行動派でも軽率な生徒ではない。

 安易に周囲を心配させるようなことはしないし、もしそれを行動に移したとするならば、必ず何か理由あってのことだ。


 そしてそれを、共にいるはずのマリーベルも制止しなかった。

 きっと相応の理由あってのことだったからだろう。


 だからきっと何か先生が関係しているのだろうと思って来たのだが――――……。



 皆が思案に暮れたとき、その声が通り一帯に響いた。







「おうおぅ、坊主の言うとおりいるじゃねぇか」


 見通しのいい広い通りに、太いダミ声とともに複数の足音が乾いた砂地を蹴る音がする。


 通りの角から姿を現し、ニタリとその口角を上げた集団は、どこかで見た忌々しい顔をしていた。


「よォ、また会ったなァ。ねーちゃん。……アンタ魔女だったんだってなァ。どぉりで黒猫姿がよく似合うはずだ」


 どかり、と大剣を大地に突き立てたのは、忘れもしない。

 あの日、あの娼館で、シホを買おうとその肩に腕を回した傭兵の大男だった。


「いいねェ……悪くねぇ。あの猫娘姿もそれは美味そうだったが、その姿も悪くねぇ。何よりその『男なんて知らねェ』みたいな気取った冷たい目がソソるねぇ。…………『俺』を教え込んでやりたくなった」


 下卑た嗤いを沸かせる集団に、自然と剣の柄にかけた手を握り込む。

 それは先生への一級の侮辱だった。


「ん? そこにいるのは何だ。あのときの青二才か。……はぁ、そういうことかい。貴族のボンボン……どうりで金持ちなわけだ。貴族の子飼いの『遊び女(おんな)』ってわけかい。いっときも他人に貸し出すのが惜しいほど、そいつは()()がいいのかい?」


 またしてもゲラゲラと沸く傭兵たちに、カッと頬が気色ばむ。

 状況が状況でなければ、今すぐにでも斬り捨ててやりたかった。


「――――――」


 だが、横目に気遣うように窺った先生は、平時と変わらない表情をしていた。

 淡々と警戒を怠らず、ただ眼前の集団の目的と脅威度を判定する、冷静な戦士の瞳。

 こういった嘲笑には慣れているのか、そこには何の感情の変化も読み取れなかった。



「まぁいい、イイ女ならそれだけあとが愉しみってことだ。なァ、ねぇちゃん?」


「……それで? あなたたちはどうしてここに来たの? ただ散歩してたってわけじゃないんでしょう?」

「そうだった」


 傭兵の大男は、ニタリと口端を引き上げる。



「アンタのところの生徒は預かった。返して欲しけりゃ俺たちの言うことを聞くんだな」


(――――!)


 このタイミングで、この脅迫。

 預かった生徒とは、まず間違いなくエメリーとマリーベルのことだろう。

 どういった手段かはわからないが、二人の不在が奴らに知られていた。


「…………。その生徒、どうやってうちの生徒だと知ったの? 性別は? 名前は?」


 しかし先生は、最後まで冷静さを崩さず、情報収集に努める。

 男たちが嘘ハッタリを言っていないか確かめようとしているようだ。


「んなこと教えるかよ」

「じゃあ嘘ね」

「ちげぇよ!! 女だ。魔法学校の女学生だ!! おめぇさんのところの教え子だって言ってた――――」

「言ってた…………?」


 ぴくり、と先生が反応する。


「どうやら詳しい情報を知らないところを見ると、実際に生徒を連れているのはあなたたちじゃないようね」

「チッ…………」


 大男は舌を打ち、そして開き直った。


「あぁそうだ! ガキを捕まえたのはオレたちじゃねぇ。いけすかねぇ顔をした別の坊主だ。だがオレたちはそいつから仕事を買ったのさ。アンタをあいつのところまで『大人しく』連れて行く、その仕事をな」


 ――もっとも、その前に()()()いかない保障はしてねぇが。


 そう舌なめずりをするように嗤って、大男はその太い指を先生へとまっすぐ伸ばす。



「魔術師先生よぉ、抵抗はすんなよなぁ? んなことすりゃ、おめえさんのところの生徒がどんな目に遭うかわからねェ……」



 下卑た嗤いが、分厚い唇から覗く黄ばんだ歯が、どんどんと先生へと近づいていく。



「可愛い生徒の悲鳴なんて、おめぇさんも聞きたくねぇだろう……?」




 黙して俯いた先生に、男の太い手が伸びた。







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