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第132話 おつかい


 学院へと通ずる長い道に、荷馬車の列がずらりと伸びる。

 数日前から強化された検問に、学院へ物資を搬入する商人たちが、長い行列を成していた。



「……あ! エメリー! ちょうどいいところに!」


 その日たまたま職員棟に用があり、学院の裏門付近を歩いていたエメリーは、快活な少年の声に呼び止められた。

「?」

 まだ幼さの残る声に振り返れば、そこにはよく見知った少年がいた。


「テディ!」


 テディは、リースター寮の皆が利用している魔道具店で小間使いをしている少年だ。

 今日も配達で学院を訪れたのだろうか。

 彼はエメリーを見つけると、チャンスだとばかりにこちらに駆け寄ってきた。


「テディ、もしかしてうちのクラスへの配達?」

「そうそう。シホ先生から薬草と羊皮紙、それに魔導粒子の注文を受けてんの」


 言いながら彼はガサゴソと荷台を漁る。

 そうしていくつかの紙束と小包、それに小瓶を抱えると、ぴょんと荷台から飛び降りた。


「それで? シホ先生は?」

「あー……先生はちょっと留守にしてて。しばらく帰ってこないかなぁ」


 エメリーは曖昧に答えた。

 男子の話では、先生は街での事件解決のために駆り出されているらしい。が、その詳細を、まだ幼いテディに話すのはどこか憚られた。


「そっか……じゃ、ちょうどいいか」

「?」

「な、エメリー。先生のタイプの男って、どんな奴だかわかる?」

「!?」

「やっぱ顔がいい奴? それとも金を持ってる奴? どんな男が好みだと思う??」

「ど、どうしたの急に……」


 まさかテディの口からそんな言葉が出てくるとは思わず、エメリーは狼狽えた。


「さ、さぁ……どうなんだろうね~……?」

「えぇ~っ、普段見てたらわかるだろ!? 女同士なんだから! なんかあるんじゃないの? 女の勘とか、そーゆーの!」


 どこでそんな言葉を覚えたのか。テディは前のめりでぐいぐい詰め寄ってくる。


「そう言われても…………」


 エメリーにも、まったく心当たりがなかった。

 そもそも先生は、まったく色恋と無縁なのである。

 ずっと近くで見ていても、誰か特定の異性に惹かれた様子もなければ、恋に焦がれる様子もない。

 いつも上機嫌で魔道具や武器の手入れをしているばかりで、はっきりいって好み以前の問題だ。


(人気はあるはずなんだけどなぁ……)


 同じ教職員や衛兵たちの間でも、先生の評判はいいはずだった。

 現にエメリーの周囲でも、『この人、実は先生に気があるんじゃないの?』と思い当たる大人は何人もいた。


 なのにそれがどうして、恋愛にはまったく結びついていないのである。不思議だった。


「う~ん……やっぱり強すぎるからかなぁ……」

「?」

「先生より強い人じゃないと駄目なのかも……」


 たまに羽目を外し過ぎ、嬉々として戦闘訓練を楽しんでいる先生を見ると、同種の人間かそれ以上の人間でないと怯んでしまうのは無理もないような気がした。


「強い人間…………大丈夫かなぁ、あの人」

「どうしたの、テディ?」

「あ、いや、こっちの話。そっか、先生より強くなればいいんだな!」


 テディが鮮やかに破顔する。

 どうやらこの幼い少年の淡い恋心もまた、あの先生に向かっているらしい。

 その道のりの険しさをまだ知らぬがゆえの純粋な決意に、微笑ましい気持ちになりながら、エメリーは彼から荷を受け取った。


「そだ。あと先生にこれも。渡してくれって」

「?」


 テディがごそごそと懐から取り出したのは一通の手紙だった。


「先生に? いまいないんだけど……」

「えー。すぐには戻ってこねぇの?」

「それは……わからないわ」


 テディは悶々と考える。


「絶対にすぐに渡してくれって頼まれたんだ」

「誰に?」

「名前は知らない。でも真剣な顔で託されたから、俺には男の約束を果たす義務があるんだ」


 覚え立ての言葉と、子供ながら一人前の人間として扱われた喜びに、ピンと背筋を延ばしながらテディは鼻息荒くそう言った。


「じゃあとりあえず預かっておくけど……」

「! 絶対、絶対早く渡してくれよな! じゃないと間に合わなくなるかもしれないし!」

「…………?」


 テディは重大な役目は果たしたとばかりに目をきらきらさせると、そのまま荷馬車を引いて裏門から街へと帰っていった。


「間に合わなくなる…………?」


 意味深な言葉に、エメリーは廊下を歩きながら、手にした封筒をちらりと見る。

 それはどこの雑貨屋、代筆屋でも売っていそうな安い代物だった。正直紙質もあまり良くはない。お世辞にもプライベートで大事な用件を記すのには向かない代物だった。


(恋文とかだったら中身を見るのはマズいけど……)


 万一何か重要な伝言だった場合、ここでいつ帰るかわからない先生を待って自分が持っていていいものなのだろうかと迷った。


 第一送り主は不明だが、その人はテディに託せば先生に一番早く届くと知っている街の人だ。

 それなりに先生に近しくて、とても急いでいる人。そしていま、街を離れてここには来れない人。


 …………なんだか、嫌な予感がした。


 指がかさりと封を掠める。

 すると糊付けが甘かったのか、封筒の口がふわりと開いた。


「………………」


 ――緊急事態だったら、どうしよう。


 いま街で起こっている出来事に、それに関係している内容だったなら。

 先生に、いますぐ伝えなければならない用件だったなら。


 偶然開いた封に運命めいたものを感じて、意を決するとエメリーはその中身を引き出した。








『 シホ・ランドール




  女子修道院には近づくな。




        それは罠だ。 』






 手紙には短く、ただそれだけが記されていた。






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