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第130話 女王の片鱗



 男は、体勢を崩した女の脇腹に掌底を叩き込む。


 瞬間、大砲のような破砕音が男の手の平から唸りを上げた――――。





          *




 男が愛用したそれは、『破砕砲』と称される魔道具だった。

 手首につけた腕輪には、その内側に魔石と特別な細工が施され、魔石を1個消費するごとに城の城壁さえ破るという衝撃波が発射される。



(もっとも、これはそんな立派な代物じゃねーけどな)



 立派なのは謳い文句だけで、現実は家屋の扉を1、2枚ブチ抜ければいい程度だ。

 店でそのことに文句を言えば、『お前さんが魔石の欠片じゃなく大粒を用意できれば、もっと出力も出せるだろうよ』と追い返された。


 そりゃ無理な相談だ。貴族様でもあるまいし。

 そんな魔石をゴロゴロと持っていられるようなら、こんな殺し屋稼業なんてしていない。

 日陰者は日陰者なりに、毎日コツコツ節約をして、日々の仕事に備えているのだ。



(けど――――扉1枚ブチ抜ける程度でも、その薄い腹に喰らったらひとたまりもないだろう?)




 どんな衛兵も、屈強な大男も、すべてこの一撃で倒してきた。

 どんな強固な防具に身を固めた奴だろうと、防具ごと内側を叩いてしまえば地面に崩れてのたうち回った。

 自分はその首に、淡々とナイフを突き立ててきたのだった。


(大丈夫、殺しはしない。あんたは俺と、これから楽しむんだからな――!)


 大事な内蔵が潰れないよう急所は外した。

 それでも衝撃波が掠めたから、肋骨の一本二本は逝ったかもしれない。

 まぁそれもいい。

 痛みにのたうち啜り泣く女を突き上げるのもまた一興だ。



 衝撃波の余波が、女のストールを吹き飛ばす。

 体を折り畳む、獲物の女。

 早くその身体を掻き抱きたい。掻き抱いて、自分のものにしたい……!



 女が、たたらを踏んで一歩下がったように見えた。


(逃がさない――――!)


 それでも攻撃の手を緩めず、確実に女の腕の腱を断ち切ろうとして、突き立てたナイフがキンと弾き返される音を聞いた。


「――――?」


 一瞬、何が起こったのかわからずナイフを構え直す。

 再度突き立てようとすると、それは今度はもっと女から遠い距離で跳ね返された。


 女の口からは、何も呪文は聞こえてこない。

 増援か? と周囲を警戒するが、それもない。



 ゆらり、と女が身を起こす。



 そして、したりと微笑った。



「へぇえ? それがあなたの『とっておき』なのね」



 瞬間、暗い通りの四方に魔法結界が立ち上った。



「っ!?」

「あなたの『とっておき』がわかるまでは、人は呼べないから待っていたけど――――」



 女が手を天空に振り上げる。

 するとその手の先から、一筋の光芒が夜空に向かう流れ星のように立ち上がった。


 ――その課程に、一切の呪文詠唱などなく。



「この街の衛兵たちが易々とやられるはずはないわ。絶対に何かあるだろうと踏んでいたけど……そういう絡繰りなのね」


 ダメージを受けたはずの女は、一切のそれを感じさせずその場に立つ。



 今ならわかる。

 女の周囲には、高度な防御結界が敷かれていた。




 無詠唱魔術師――――。



 その、魔術師なら誰もが憧れるという伝説的な存在を目の前にして、男は本能的に距離を取った。




「駄目よ。逃がさない。あなたにはここで、衛兵たちが来るまで、私の相手をしてもらわなきゃいけないんだから」



 女の周囲に、凍結した氷塊が浮かぶ。

 咄嗟に立ち位置を変えれば、今まさに自分がいた足もとが無音で凍りついていくところだった。



「逃げちゃ駄目よ。暴れると怪我をするでしょう?」



 氷塊が、砲弾のごとく降り注ぐ。



 絶対に打撃を与えられない強固な防壁。

 一部の隙も油断も見せない、獲物を狩る狩人の瞳。

 隔絶された結界内に満ちる魔法と、『あとで死なない程度に癒やせばいい』とでも考えているかのような、凶悪なまでに暴力的な刃雨と殴打、強蹴の嵐。



 その、血に飢えたかのように光る赤い瞳は、まさしく悪魔の女王だった。




「っ――――!!」



 大地を抉らんばかりの刺突を潜り抜け、結界横の木桶の並んだ家屋の前に走り寄る。


(この女――――)


 この化け物の化身かと思う女は、多彩な魔術を行使すれど、決して初撃以降炎の魔術は使用してこなかった。



(それはつまり――――こういうことだろっ!!)


 魔道具用の魔石の欠片。

 それにとっておきの炎の魔石を利用した最後の手段。


 男は、家屋の前に並んだ木桶とその屋根に向かって、勢いよく紅蓮の炎を噴射した。


 ぐるりと炎を撒き散らし、街の屋根が、家屋が、炎に包まれる。


「っ!!」


 初めて女の顔に動揺が浮かんだ。


「月夜のキャンプファイヤーってのも、乙なもんだよなぁ? 今晩のメニューはガキどもの丸焼きかな?」

「っ!!」


 女はすぐさま火消しのための水魔法を行使する。

 が、それだけで瞬時に広がった炎を一人で消せるわけがない。

 すぐさま家屋の中から住人たちが飛び出して、通りに何事だと逃げ惑った。



 周辺を隔絶していた結界が、明滅してそのまま消える。



 住人たちが逃げ惑う通りで、男はニヤリと笑う。






「今夜は楽しかったぜ、お嬢さん。また近いうちに遊ぼうや」





 男はそう言って、橙色に染まる深い闇の中に消えていった。







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