第124話 自習と新聞
――アーミントン魔法学院。
――リースター・カレッジ。
シホ・ランドールの姿が教室から消えてから数日。
華を失ったように色彩を欠いた教室で、ぼんやりとミリウスは黒板を見つめていた。
もう何度目になるかわからない自習で、教室に残る生徒もいい加減飽きてきたのだろう。室内のあちこちで密やかな話し声が聞こえていた。
監督生という立場上、本来なら注意をするべきなのだろうが、正直その気も起こらない。
それくらい、今の状況は不可思議だった。
――冬の到来を控え、荒っぽい流れ者の一団が街に逗留している。よって、学生の安全を鑑み、全校生徒の学外への外出を禁止する。
そう通達された外出禁止令から早数日。
みなが突然の通達に不満を溜めていた。
外出を禁じられたこともそうだが、授業もいくつもの科目で大きな変更があった。
特に影響が大きかったのは、実技系の科目だ。
実戦に関係する科目ばかり、自習やほかの教科に置き換わっていた。
(これは何かある……)
それは理解できるのに、だからといって自分に何ができるかというと、できることは何もない。
おそらく先生も何か荒事があって駆り出されているのだろいうと推察はできるが、魔物が街を襲うようなことがあればもっと大事になるし、武術師範ばかりの訓練だというならば、生徒の外出を禁じる理由がなかった。
(今回の件は間違いなく学長が采配を握っている。ならば無用な心配こそ不要なのだろうが――……)
しかし、街で何かが起きている。
そう直感が告げていた。
「っし!! わかったぞ!!」
「!!?」
突然教室の扉を勢いよく開けて入ってきたファビアンが、どかどかと足音を立ててミリウスとラスティンの前まで歩み寄る。
「ファビアン! いま監督官がいないからといって――」
「向こう2つの教室もいねーよ。会議かなんかしてんだろ」
今しがた同じ階の教室をぐるりと見てきたファビアンは、つまらないことを聞くなとでもいいたげに机に座る。
そして、淡々とした表情で、ミリウスとラスティンの間の机に折りたたまれた紙束を投げた。
「これは……新聞?」
「昨日の記事だな。なになに……? 『アーミントン激震!! 猟奇殺人者はルーデンの悪魔の再来か? 女への憎悪をこじらせた異常性癖者現る!!』」
ゴシップ記事満載の低級紙には、非日常な事件を楽しむかのように、刺激的な見出しが躍っていた。
普段なら軽く読み飛ばすそれを、事態が事態だけに、素早く紙面に目を走らせる。
「そこに書いてあるとおりだ。いま街んなかは緊急事態だ。新市街の奴らは普通に生活しちゃいるが、旧市街の地元の奴らは警戒モードだ。衛兵の奴らもピリピリしてる。ただ流れ者の奴らは何も事態を知らないからな。見かけだけならどっちも平常と変わりねぇ」
「ファビアン……お前街に出たのか」
「咎めたいなら咎めろよ。だが、こういうときに黙ってじっとしてるほど、酷い悪手はないと思うがな」
それはどんな状況にあっても、常に自分の目と耳で情報を集め、自らの力だけで生き延びてきたファビアンの知恵だった。
「わかった。――正直助かった」
「ん」
「先生たちが不在なのはこれが理由か……」
「だろうな」
突然生徒の外出禁止令が出されたのも。
実技系科目の教師ばかりが不在になったのも。
これが理由だとすれば、すべて納得がいく。
「なら先生は――――!」
弾かれたように顔を上げる。
ただ純粋に、市内の警邏のために駆り出されたのだと思っていた。
けれどこの記事を見る前と、見たあとでは理解が違う。
――――女を狙う連続殺人犯の捕縛に、女である先生がわざわざ駆り出された理由――――。
通常であれば避けるだろうそれに、脳内で嫌な警鐘が鳴り響いていた。
「俺が街で集めてきた情報な、実はもう一つとっておきのがあるんだが」
ファビアンがいつも特別なネタを披露する前に見せる得意気な表情。
「聞きたいか?」
「……勿体ぶるな」
「あー……じゃあやめとくわ」
「っ!!! ……頼む……話してくれ……」
ここまで下手に出て始めて、ファビアンはニッと嗤って身を屈める。
「ほかの奴らには聞かせられねーからな」
「? ……何のことだ??」
「アイツ、再就職したらしいぞ」
「……アイツ?」
「一人しかいねーだろ、この状況で。――シホ・ランドールだ」
「!!?」
まさか、先生が。そんな、何故。
この学院の教師を辞めてしまったということだろうか。
代理教師は、ただ別の仕事があると言っていただけなのに。
先ほどまでとは違う焦燥感に胸が駆られる。
「落ち着け。落ち着けって――」
「一体どこに……!?」
「――ハァ。……旧市街の下町だよ」
ファビアンが投げやりに語った就職先。
それは――――――。
『どうやらアイツ、下町で娼館デビューしたらしいぞ』。




