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第122話 成長


 アーミントン魔法学院、修練場。


 その日シホ・ランドールは、乾いた剣戟の音と共に、手中の木刀が大地へと叩き落とされるのを見送った。


「まいったな……」


 カラカラと音を立てて転がる木刀を拾い直す。


「ラスティンに続いて、きみまでも……か」


 シホが視線を上げた先には、額から汗を流して木刀を構えるミリウスの姿があった。


「おめでとう。合格だよ。きみの勝ちだ」



 ――『卒業するまでに、せめて私から一本取ってね』。


 そんなことを言っていたのがつい先日に感じられる。

 先々週、同じくシホから一本を取ったラスティンに続き、ミリウスまでもがシホから剣術試合での勝利をもぎ取っていった。


(まぁ素質があるのは元からわかってたんだけど……)


 明らかに剣士になるために生まれたようなラスティンは当然として、ミリウスもまた剣士に必要な全てを備えていた。

 こうなることは時間の問題だったとさえいえるだろう。

 けれど正直……もう少し時間がかかるとも思っていた。


(けど、彼らはそれを努力で縮めてみせた……)


 たった数ヶ月でみるみるうちに自らを鍛え上げ、こうしてシホから一本を取っていくまでに成長してみせたのだった。


(……正面からやり合って敵わなくなるのも時間の問題かな)


 男女の差も、もともとの素質の差もあるだろう。

 もちろん小細工や魔法ありでよければやりようはいくらでもあるが、それでもいまは彼らの成長を素直に喜びたい。


 少しの淋しさと敗北の悔しさを飲み込みながら、シホは満面の笑みで本日の勝者を祝福した。


「これできみも一人前の剣士だね」


 そう微笑みかけると、ミリウスは頬をカッと紅く染め、嬉しそうに口元を引き締める。

 そこには、平静を装いたいけれど、隠しきれない喜びが溢れていた。


「先生、怪我はありませんか……?」

「あら? もう一人前に敗者への気遣い?」

「そういうわけでは……」

「冗談よ。……ん~、ちょっと手が痺れるけど、時間が経てば治るでしょう」


 それほどまでに、ミリウスの剣筋は、重く鋭いものへと成長していた。


「ふふっ」


 なんだかとても誇らしい。

 シホは振り返ると、残るほかの生徒の指導にあたる。



 こうして秋空の下、平穏で愛おしい日々が過ぎるのだった。





           *





「それじゃ今日の授業はここまで。次の時間は……ええと、なんだったかな?」


 シホが首を捻ると、すかさずミリウスが傍に歩み寄った。


「次の授業はヒンドリー教授の用兵学です」

「あ、そうだった」

「たりぃー……あのオッサンの講義、眠ぃんだよなー」


 めんどくせ、とさっそくやる気のない発言をしながらファビアンが修練場を後にする。

 その背中に『遅れてご迷惑をおかけするようなことはしちゃ駄目だからね!』と念押しをして、シホは息を吐いた。


 ちらりと隣を見ると、監督生のミリウスが『心得ている』とばかりに無言で頷く。

 何を言わずとも理解してくれる者がいるというのは、心強かった。


「頼りにしてる」


 ポンと、嬉しくなってその肩を叩けば、ミリウスは目を丸くして、次いではにかんで、そそくさとファビアンの後を追っていった。

 その後ろ姿に――よほど頼られたことが嬉しかったのだろう――うっすらと色づいた紅い耳を発見して、シホもまたくすりと微笑むのだった。





「さて、と……」


 シホは一人残された修練場を見渡す。

 生徒を送り出したからには、自分もまたここの後片付けをして、次の授業に備えなくてはならない。

 本日の担当科目は終わりでも、明日以降の準備というものがあるのである。


「まずは道具の確認からかな……」


 シホが一歩を踏み出したとき、視界の端から見慣れぬ人物がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


 ――訂正だ。

 正確には、よく見知ってはいるけれど、このような場で目にすることはまずない人物――――……。


 学長がこちらに向かって歩いてきていた。


「どうされたんですか? こんなところへ」


 講義棟で学長を見かけることはままあるが、実習の現場で目にするのはこれが初めてだ。

 どういった風の吹き回しだろう?


「ああ、ランドール先生。授業は、もう終わりましたかな?」

「ええ。ちょうどいま生徒を送り出したところです」

「では先生の本日の授業はもう終わり、ということでよろしいでしょうか?」

「はい」

「それならばよかった」

「?」

「ランドール先生、少し先生にお願いしたいことがありまして……。学長室までおいでいただけますかな」


 穏やかだが、どこか有無を言わせぬ重い口調に、シホは反射的にこくりと頷いていた。






            *





 翌朝、秋に相応しい心地の良い風とともに教室に登校したミリウスは、始業の時間を待ち遠しく黒板を見つめていた。


(今朝は食堂で会えなかったな……。寝坊だろうか?)


 いつもなら決まった席で朝から元気いっぱいに朝食を平らげる先生を、ちらと横目に見て微笑ましく思うのが日課だった。

 それだけに、こうして会えない時間が長くなるのは、胸に降り積もるようなもどかしさが募った。


 会えない間、彼女のことに思いを馳せるたび、どれだけ彼女のことを好きなのかと思い知らされる。

 会えば一分一秒が愛おしく、少しでも長くこの時間が続けばいいと思い、会えなければ一分一秒がもどかしく、彼女のいない隙間を埋めるように、思い出の中の彼女が溢れ出す。


 ――自分でも、相当に彼女に参っていると思う。

 それでも、もっと欲しいと思ってしまうほど、自分は彼女に夢中だった。



 時の流れを引き延ばすほど、首を長くしてその時を待つ。

 そして始業時間の5分前に教室の扉が開いたとき、ミリウスは『……へ?』と間の抜けた声を上げている自分に気づいた。


 教室に粛々と入ってきたのは、担任のシホではない。

 別の教科を担当している、壮年の役職付きの教師だった。


「はい、皆さんお静かに。席について。今朝の授業を始めます――」


 生徒たちの視線が降り注ぐなか、男性教師は淡々と告げる。


「それとリースターの皆さんにお知らせがあります。本日からしばらく、このクラスの授業は私が中心に受け持つことになりました。ランドール先生はしばらく出席されません」

「!!」


「どうして…………」


 心の声が漏れていたのだろう。

 男性教師はちらとこちらに目線を落とし、淡々と続きを告げる。


「ランドール先生には、急用でほかの仕事ができたと聞いています」


 沈黙が波紋のように教室に広がる。



「それとこれはまた別件ですが。学長より全校生徒への通達です。――本日より無期限で、昼夜問わず学院外への外出を禁じます」




 徐々に迫り来る冬の足音のように、何かが変わろうとする気配が、この街に忍び寄ろうとしていた。





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