第120話 エメリーとマリーベル 1
「エメリー、おはようございます。……あら、どうしましたの? 朝からご機嫌な顔をして――――」
爽やかな朝の活気に包まれる教室で、登校するなり話しかけてきたマリーベルの声に、エメリーは顔を上げた。
「あ、マリー。おはよう!」
「それは……どなたかからの手紙ですの?」
「そうだよ~。今朝実家から届いたの!」
そう言ってエメリーは、いままさに読みかけだった手紙を掲げてみせた。
「ねぇマリー聞いて! 来年お姉ちゃんに赤ちゃんが生まれるんだって」
「まぁ。それはおめでとうございます」
「早いよね~、この間弟のコリンが生まれたような気がしてたのに……」
エメリーは遠く離れた実家に思いを馳せた。
エメリー・バークリーは、地方貴族であるバークリー子爵家の三女だった。
長年女ばかりの姉妹で、跡継ぎとなる男児に恵まれなかったことから、家の話題の中心はいつも『誰が次の跡取りとなる婿養子と結婚するか』だった。
バークリー家に男児が生まれない以上、次の後継者は従兄弟のハドリーだ。だから三姉妹のうちの誰かがハドリーと結婚して、この屋敷と領地を守り続けていかなくてはならない……。
そんなことが暗黙の了解として、常に家中の空気に漂っていた。
結局ハドリーと婚約したのは長女のお姉ちゃんだった。
年も近かったし、お互いにおっとりした性格が合ったのだろう。二人はエメリーが10歳のときに婚約し、そしておととし結婚した。
姉が早々に婚約したことで、エメリーも実家でのびのびと育つことができたし、あれだけどうするか話題になっていた跡継ぎ問題も、三年前に実弟のコリンが誕生したことで、全く気にしなくてもよくなった。
お姉ちゃんとハドリーは、家の思惑など関係なく互いに想い合って結婚し、そして今度は新しい家族が増えようとしている。
みんな幸せで万々歳だ。
…………だからこそ、エメリーは『頑張らなくては!』と、もう一度気を引き締めるのだった。
「そういえばエメリーは、弟さんが生まれてすぐに、こちらに来たのでしたわね」
「そうなの。ちょうど歩き始めたばかりの可愛いころだったのに……」
よちよちとたどたどしい足取りで、両手を伸ばしてこちらに来ようとする姿は、それはもう可愛かった。
「でもコリンが大きくなるまでは、わたしが頑張らなきゃいけないし!」
エメリーはぐっと拳を握る。
コリンが大きくなるまでは……その理由は、バークリー家の事情にあった。
バークリー家の所領である町は、ウィルテシアの中では比較的魔物が多く出る土地だった。
もちろんどれも小型の、常人でもなんとか倒せる程度の魔物だが、それでも町の人々にとって脅威であることに変わりはない。だから魔物が出るたびに、父や家で雇う私兵団が呼びだされ、退治に出かけていた。
けれど、父だってこの先いつまでも元気にいられるわけじゃない。
弟のコリンが成人するまでの間を、誰かが繋がなくてはならないのだ。
「あいにくお姉ちゃんの旦那さんには、魔法の才能がないみたいだし……」
「まぁ」
「じゃあわたしが頑張るしかないじゃない? というか、そうしたいって思ったの!」
だからこそエメリーは魔法学院を目指したのだった。
コリンが生まれる以前に、従兄弟のハドリーが後を継ぐ可能性が出た瞬間。
魔物を退治できない者が領主になるのなら、ほかの人間がこの町を守らなくてはと思ったのだ。
だからコツコツと勉強を続けて、そしてこの学院に入学した。
バークリー家で一番魔法の才能があると言われた自分がやるべきだと思ったのだ。
エメリーの熱い決意を、親友のマリーベルは驚きつつも、穏やかな表情で聞いてくれる。
マリーはいつだって嫌な顔一つせず、おしゃべりな自分の話に付き合ってくれる一番の友人だ。
そんなマリーベルと出会ったのは、魔法学院入学の初日だった。
憧れのリースター寮に配属になったことがわかり、逸る気持ちで教室に来たあの日。
男子ばかりの教室に、光のように輝く美人が座っていた。
絹のように艶やかな光沢を放つ金の髪。長くひさしの影を落とす黄金の睫毛に、潤むようなピンクの唇。
そして神秘的な翡翠色の瞳でぼんやりと教室を見ながら、正真正銘の深窓の令嬢が、そこだけ奇跡のように教室の一角に存在していた。
どうして、こんな人が……?
そう衝撃を受けたのを覚えている。
普通こうした人は、魔法学院などに来ないはずだ。
同年代の令嬢たちの多くがそうするように、普通は家庭での教育を終えたのち、王都の花嫁学校に入学する。
そして社交界にデビューして、理想の旦那様に見初められるその日に備えるのだ。
エメリーの場合は実家の事情があったから入学したが、奇跡の美人マリーベルには、欠片もそのような雰囲気は見いだせなかった。
同じクラスの数少ない女子ということで仲良くなってからもそれは同じだった。
勉強はよくしている。頭もいい。性格ももちろん大らかで控えめで、何よりとても品がある。
……が、それらは理想の貴婦人となるためのもので、魔物退治をしよう、隣国と戦争になった際に戦場に立とう、魔術という知識と神秘の深淵を覗こうとする者が求める素質ではなかった。
あまりにも場違いに、マリーベルは存在していた。
――――だから、ある日エメリーは聞いてしまったのだ。
マリーに『どうして学院に入学しようと思ったの?』と。
マリーは困ったように微笑っただけだった。
けれど、やがて共有する時間が増えたあと、いつしかマリーは自分にそっとそれを教えてくれた。
『学院への入学は…………お父様の意思なんです』
それは父からの命令だったのだと言った。
学院に入学して、そして将来の夫をつかまえてこい…………と。
マリーがそっと移した視線の先には、ある人物がいた。
――ミリウス・ウィルテシア・ヴェルトリンガム。
マリー同様、煌びやかな光を纏う、この国の第3王子。
つまりは、そのためにマリーはこの学院にいるのだった。




