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第119話 恋人紹介編 4


「どうしたの、ミリウス。こんなところで。ファビアンと一緒なんて珍しい……買い物?」


 先生のあとをつけて、青年貴族とのデートを尾行したその日。

 たまたま街で遭遇した先生は、呑気そうに目を丸くしてそう言った。



「いえ……たまたま街で出会っただけで……」


 その様子からは、ミリウスの心境など欠片も察した様子はない。

 ただ充実した一日を過ごした……そんな満足感が漂っていた。



「これは殿下。お目にかかれて光栄です」


 その時、シホの隣にいた男が頭を下げた。

 儀礼に則った、貴族の臣下が主君に対するときの礼である。


(この男――――私を王子だと認識している)


 それは即ち、王子に面会できる――もしくは、パーティーなどで王族を目にすることができる立場にいる者だ。


(下級の、王族と聞いて怯む程度の貴族ではない――――)


 もし万が一、この男がシホのことを気に入って本当に手に入れようとした場合、ミリウスは自らの権威を振り翳してでも彼に手を引かせるつもりだった。


(それが――――王族と知って怯む様子もない)


 それどころか親しみさえ感じさせるように、穏やかな笑みを浮かべている。


(誰だ……? 公爵か、辺境伯か? どちらにせよ手を引かせるには骨が折れる――――)


 ミリウスは、ぐっと奥歯を噛む。


「すまないが、ここアーミントンでは、私は一学生に過ぎない。そういった礼は、ほかに適した場所で行ってくれ」


「これは――失礼しました」


 男は嫌味なく再度頭を下げると、今度は自ら名乗ろうとする。

 が、それを間に割って入ったシホが制した。


「ジョシュアさん、いまここでは……。周囲の目もありますし、場所を移しましょう」


 ――――ジョシュアさん。


 シホの口からその親しげな呼び名が出た瞬間、心臓がぎゅっと握り潰された。

 こんなにも、これほどにも苦しいとは。

 本当に恋をする痛みを、ミリウスはこのとき身をもって痛感していた――。




           *




 シホに誘導され、ミリウスたちは場所を移す。

 それは先ほどの、シホとこの男が初めて会ったあの教会の前だった。


「この中に。……教会堂の奥にある中庭の東屋でお話ししましょう。なに、大丈夫です。ここではちょっとばかり顔が利きますので」


 そういってウィンクする男は、教会関係者ということだろうか。

 それとも教会の太い支援者か。

 どちらにしろ厄介なことに変わりはない。


 スタスタと教会堂の中に入っていく男に連れられて、シホもまたその内部へと入っていく。

 黙々と二人に続き、ミリウスはある光景を見た。



 教会堂の荘厳なステンドグラスの光を浴びる二人。

 穏やかな聖人のような男と、その傍らに佇むシホ。

 遠く、ミリウスの手の届かないところを並んで歩く二人に――――ミリウスは、彼らの未来の幻を見た。


 光の降り注ぐ教会で、大勢の人間に祝福され、互いの手を取り指輪を交換する二人。

 愛おしそうに互いを見つめ合う二人の結婚式を、いち列席者として自分は傍観していた。

 愕然と、何もかもがすべて遅すぎたことに打ちひしがれながら――……。


「っ――――」


 諦めたくない。まだ終わらせたくない。

 まだ何も、始まってもいないのに。


 ある日突然現れた見ず知らずの男に、先生を――――彼女をくれてやれるはずがない――!



 気づけば、走り出して彼女の腕を取っていた。



「!? ……ど、どうしたの、ミリウス……」

「その――――――、ファビアンが……まだなので……」


 何も告げられない身だからこそ、苦し紛れに友人の名を挙げる。

 ファビアンは遅れてきたラスティンがどこかにいないかと、教会の前をぐるりと回ってくると言っていた。


「あ……そ、そう……」

「………………」


 握り締めた先生の腕は細く、こちらを見上げる瞳にはステンドグラスの光が射し込んでいて、キラキラと宝石のように輝いて見えた。


(…………離したくない)


 できるなら、ずっとこの光の中で、先生と一緒に居続けたい。

 彼女が俺と――――誓いの指輪を交わしてくれるその日まで。


「………………」

「と、とりあえず。ファビアンも来たみたいだし……行きましょうか?」


 手の中から離れていく先生をじっと見送る。



 それはひどく――――悲しく、苦しく。


 心細かった。







            *





「遅れまして、自己紹介をさせていただきます。私の名は、ジョシュア・アーミントン。このアーミントン市を所領として任されております、第16代アーミントン伯でございます」


「!?」


 教会堂を抜け中庭の東屋に移動するなり、青年貴族――ジョシュア・アーミントンは、改めて自己紹介を始めた。


「父こと先代アーミントン伯……あぁ、皆さまにはアーミントン魔法学院学長とご説明したほうがわかりやすいでしょうか? 彼から本日、こちらのシホ・ランドール殿にご指導いただき、自領について理解を深めるよう言われ、こうしてご協力いただいておりました」


 にこにこと、ジョシュアは穏やかに語る。

 その姿からは、先生に対する色恋の匂いは欠片もない。

 ただ人の良さそうな柔和な顔で、好々爺のような笑みを浮かべていた。



「――――なるほど、それでか」


 ファビアンがやっと得心がいったというように顎を撫でる。


「どういうことだ……? ファビアン」

「あーつまりは、代役だな。今日俺が本当にアイツにぶつけたかった男――――あの『おっさん』の代わりに来たのが息子のコイツってわけだ」

「………………」


 つまりは、ファビアンはシホ相手に、上司かつ雇い主である学長を呼び出して、恋人役をさせようとしていたらしい。

 ……どこの誰だろうと、そんなもの全力で嫌がるに決まっている。


「ファビアン……?」

「!? そんな怒るようなことじゃねーだろ!? 第一あのおっさんだって引き受けておいて来てねーじゃねーか!!」


 シホにとっては学長が来なかったことは幸運だったろうが、代役が来たら来たで、別の問題が生じるのである。


(視察だとなんだと言いながら、この二人はあんなにも楽しそうだったじゃないか……!)


「いや~ランドール先生とご一緒だと、普段目に出来ない街の様子がよくわかって本当に勉強になりました。一応自分なりにあちこち顔を出すようにはしていたのですが……」


 たしかにその親しみやすい人柄のおかげか、ジョシュアは街の人々に好意的に受け入れられているようだった。


「ジョシュアさんの日頃の関係づくりのおかげですよ。私が役に立ったのなんて下町ぐらいで……」

「いやいや、先生のおかげで……」

「それはジョシュアさんの……」


 互いに相手を立て合うさまは、まさに似たもの同士。非常に仲が良いように見えた。


(………………嫌だな)

 ミリウスが若干落ち込んでいると。


「あぁ! もうこんな時間だ。そろそろ戻らないと」


 ジョシュア・アーミントンは慌てだした。


「あまり遅くなると、妻に心配をかけてしまうので」

「!?」

「そうですね。奥様と娘さんによろしくお伝えください」

「はい。それでは、今日はありがとうございました」


 言うなりジョシュア・アーミントンは、ひらひらと手を振りながらにこやかに街へと戻っていく。



(そういえばアーミントン伯には妻子がいると聞いたような……)


 それも記憶違いでなければ、かなりの愛妻家だったと記憶している。

 つまりは、これはまったく正真正銘の視察。

 デートだ恋人役だと自分が設定したことで頭を抱えてしまっていたが、端から完全な杞憂だったわけである。



(はぁぁぁぁぁ~、よかった…………!)


 先生が、ほかの人間に見つかったわけではなかったのだ。

 自分だけの宝物が、他人に発見されたわけではないことに心底ホッとする。


(もしそうだったら――――)


 自分は、どうしたのだろうか。


 一瞬よぎった想像に、そんなことなど露知らず、先生は目の前でぽかんと不思議そうな目でこちらを見上げている。


(ぐっ…………)


 何も知らないこの瞳が、もどかしくて、愛おしくて、何も考えずにただ衝動のままに抱き締められたらいいのにと思ってしまう。





「――――今日はごめんね」

「?」


 突如先生は切り出した。


「ミリウスの気持ち……今日一日でよくわかった」

「!!」

「私もやっぱり……気が重かったの。知らない人と待ち合わせをしたり、どう一日を過ごそうか考えたり、どう謝ればいいか考えたり……待ち合わせの間中、ずっと気が重かった」


 こんなに憂鬱で心苦しいことだとは思わなかったと先生は言った。


「今回はジョシュアさんと学長が、私が役に立てる時間にしてくれたからよかったけど……そうじゃなければ、きっともっと苦しかったと思う。だから…………ごめんね」


 先生は申し訳なさそうに、でもとても眩しくそう言った。


「いえ……俺のほうこそ、こんなにいろいろな人を巻き込むようなことをして……」

「そうさせたのはそもそも私だし……」

「いえ、俺が……」

「でも私が……」


 二人で散々責を負い合って、そして最後は二人で吹き出した。


「では、二人のせいということで」

「そうしましょ」








「――よし! じゃあ問題は片付いたな!」

「!!?」


 それまですっかり存在を忘れていたファビアンが、話はついたとばかりに東屋の陰から近づいてくる。


「それじゃあ面倒なお前らが一件落着と落ち着いたとこで、今回一番の功労者に労いのひとつくらいあってもいいはずだよな?」

「………………」

「『魔法学院教師、堂々休日の白昼、アーミントン市内で同市伯爵と不倫密会か』――」

「!!?」


 まるでそう書かれた新聞紙を読み上げるように、ファビアンが大きく両手を広げてみせる。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って……!!」

「旧市街ではいま、秋の食べ放題肉祭りをやってるらしいぞ」

「!」

「さぁ~て、新聞社への垂れ込み料はいくらだったかなァー」

「!!!!! 出します! 食べ放題料を出させていただきます!!」


「――よし。だってよ、ラスティン!」


 声を張り上げるファビアンにつられ首を捻ると、その視線の先には様々な飲食店の張り紙を手にしたラスティンが現れた。


「え…………え……???」

「よし、肉祭りのほかにもこっちは魚料理か。でかした、今日は選び放題だぞ」

「まじか! どれにしようかなー」


 うきうきと心弾ませながら店を選ぶラスティン。


「まさか……お前たち…………」

「ん?」


 ファビアンが、にんまりと嫌な笑みを浮かべながら振り返る。




「こんな美味しい話、放っておけるかよ」





 その日、シホ・ランドールとミリウス・ウィルテシア・ヴェルトリンガムは、リースターの悪友二人組が満腹になるまで、飲食店をはしごし続ける羽目になるのだった。





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