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第117話 恋人紹介編 2


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 その夜、アーミントン魔法学院の男子寮に、盛大な溜め息が響いた。



 声の主はミリウスである。

 彼は自室に戻ってから、昼間の自分の発言を激しく後悔していた。


「おーいミリウス、タオル余ってるやつないかー? ちょうど全部洗濯に出したところでさぁ――」


 ノックと同時に(意味がない)入室してきたラスティンが、まるで自分の部屋のようにずかずかと入り込むと、きょろきょろとタオルを探して家捜しをする。


「ちょっと待て。家主がいる目の前で部屋を漁るな」

「いないところならいーのか?」

「よくない。絶対にするなよ」


 ミリウスは重い腰を起こし、友人の手を止めさせると、洗濯済みの綺麗なタオルを放ってやる。


「洗って返せよ」

「もちろん」


 ラスティンは上機嫌でタオルを掲げてみせる。


「それで? 部屋に入るときデカい溜め息が聞こえたけど、何かあった?」

「いや……別に…………」


 ミリウスはふいと、無意識にそっぽを向く。

 けれどその動作だけで、長い付き合いの友人はミリウスに何かあると踏んだようだ。


「水くさいなー、話せよ。話せば解決することだってあるかもしれないじゃん」

「それは…………」


 今現在、ミリウスの目下の頭痛の種は昼間シホにしてしまった宣言である。


『先生には――――俺の紹介する相手と、一日恋人として過ごしてもらいます』


 まさに売り言葉に買い言葉。その場の勢いだけで言ってしまった発言に、いまミリウスは激しく後悔していた。


(それもこれも先生が、まるで俺のことなんて眼中にないようにほかの女子を薦めてくるから――――)


 最初話を振られたとき、まさに絶望のどん底に突き落とされた気分だった。


(動揺するな……、冷静に考えれば先生のことだ。何も考えず他人からの頼み事を受けて実行しただけ。それだけだ……)


 だから先生が自分を異性だと意識していないだとか。まるで恋愛対象として眼中にないだとか、そんなことに気づいてはいけない。


(何も考えていないから、何も始まってはいないんだ……。まだこれから、これから意識を変えていけば――……)


「ミリウス?」

「あ、ああ悪い。少し考えをまとめていた」


 後悔と葛藤に耽るあまり、目の前の友人のことを完全に放り出していた。

 ラスティンは散々放置されていただろうに、人がいいのか不思議そうに首を傾げるだけである。



「実は――――――」


 藁にも縋る思いでラスティンに事情を説明する。

 可能であるならば、昼間にした発言をどうにか撤回してしまいたかった。



「はァ~そりゃまた。先生も随分勝手なことを言うなぁ」


 しかしこの時は、珍しく色恋沙汰には無頓着なラスティンが真面目な反応をした。


「いや、俺もときどき何も考えずにするけどさ。そういうのって伝言するだけのほうは気楽でも、いざ呼び出されて断るほうは気が重いんだよなー」

「!」


 まるでそんな経験が度々あるような口ぶりである。

 友人の知られざる一面に驚いた瞬間、ラスティンはすぐさま、


「あ、ちなみにこれはファビアンの受け売りな」


 特にそのモテぶりを自慢するでもなく、即座に種明かしをした。



「受け売りと言っても、ファビアンの場合は慣れたもんだから気が重いというより、面倒臭いって感じだけど。でも俺が同じ立場だったら、やっぱり気が重いなー。相手も真剣なだけに、断りづらいし」


 まさに自分が思っていたことをすべてラスティンは代弁してくれた。

 そうだ。相手の気持ちも今ならきちんとわかるだけに、それが辛かったのだ。


(昔はただ、王妃の座を求めて近づくだけの者たちだと思っていたのに――……)


 父母や、親戚。一族の意向に押され、ただ自分の次期国王候補という立場だけを目当てに近づいてくる者たちだと思っていた。

 だから好意に気づかない振りをするのも、好意の告白に、何の躊躇もなく笑顔で断りを入れるのも、まったく何も思わなかった。


(今ならそれが、どれほど勇気を伴うことか――――苦しく怖いことか、わかるのに――――……)


 知ってしまった。

 受け入れられない怖さを。この関係が終わってしまうその恐怖を。

 それでも近づきたい。傍にいてほしい。

 同じようにそれを、求められたい。


 だから人はありったけの勇気を振り絞るのに。


 心に初めて、ただ一人の恋い焦がれるひとができてしまっただけに、今まで無下にしてきた彼女たちの気持ちがわかるようになってしまった。


 だからこれほどまでに気が重く、罪悪感に苛まれ――――そして、そうまでしてただ一人のひとを求めるのに、まるで相手にされていない自分に落ち込むのだ。



「………………ラスティン。俺は、魅力がないんだろうか……」

「!? いまの話の流れでどうしてそうなる?!?」


 

 俺なんかいままで一度だって告白されたことなんかないんだぞ! とすぐさまフォローに回るラスティンは本当に人がいい。

 この友人を先生への『恋人役』として送り込めば、万事何事もなく平和に終わるのではないだろうか……。



(いや――――それは駄目だ)


 自分は、先生に反省してほしいのだ。

 安易に自分にほかの女性を薦めたことを。

 そのとき間違いなく自分は、傷ついていたのだから。


(先生に俺の気持ちを理解してもらうのは無理でも、金輪際こんなことはもう御免だ――――)


 自分が愛してやまないひとに、ほかの女性を薦められるだなんて。

 微笑って耐えられ続けるはずがない。



「とりあえず、先生に誰か男を紹介すればいいんだよな? それなら専門家が――――」




「おい、お前らいないと思ったらこんなところで……。扉を開けたまま世間話かよ。不用心にもほどがあるだろ」


 時を見計らったように姿を現したのは、ファビアンだった。


「ただでさえお前らは注目されやすいんだ。前を他の奴らが通らない部屋割りとはいえ、面白そうな話をするときは扉を閉めろよな」


 そういって、ニンマリと笑いながら後ろ手に扉を閉める。


 まさに、待ち望んだ専門家の登場だったのだが――。

 まるで、猫に隠していたおもちゃを見つかったときのような心境だった。



「それで? お前らがあいつに男を紹介するって? どこをどうすればそんな面白い話になってんだ?」


 意気揚々とファビアンは話に食いつく。

 ミリウスは肺の底から絞り出すような溜め息をついたあと、かくかくしかじか。

 ファビアンに事情を説明するのだった。








 そして。



「よし。それなら俺に名案がある」



 ファビアンが胸を反らす。



「俺がとっておきの『男』を紹介してやる」






 こうして、シホと『謎の人物』の一日デートが決定したのだった。





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