第116話 恋人紹介編 1
それは、時を少し遡り――――。
賑やかだった学園祭を終え、少し経ったある日。
街に買い出しに出ていたシホは、突然声をかけられた。
「あの…………!」
胸の前で手を組んだ、学院生と同じ年頃の愛らしい少女である。
彼女はまるで何かに縋るように、じっとこちらを見つめていた。
「私に何か…………?」
思わず立ち止まって彼女の助けを求めんばかりの瞳に見入る。
そしてシホは彼女の話を聞き――――その日、あることを引き受けてしまったのだった。
*
「…………は?」
学院に戻った翌日、自クラスの生徒ミリウスを呼び出して話をしたあとの、彼の第一声はそれだった。
「だから、ミリウスにどうしても会いたいんだって。学園祭で見かけてから、ずっと頭から離れないらしくて。もう一目でいいから会って話がしたいって頼まれたの」
あの日クラスの出し物『カフェ・リースター』で、ミリウスは給仕役をしていた。
担任の目にも自慢の給仕姿だったことは覚えている。
それを目にした少女が、もう一度ミリウスに会いたいと、街で見かけたシホに声を掛けてきたのだ。
「私も一緒に働いてたじゃない? だから生徒だと思われたらしくて……。雑貨屋の娘さんらしいよ。たしかに一度店に寄ったときに見たことがあるような気もするし、たぶん悪い子じゃないんじゃないかな」
シホの見立てではそうだった。
震える手で勇気を振り絞って声をかけてきた様は、なんともいじらしかったのだ。
「もちろんきみにも立場があるし、行く行かないはミリウスに任せるけど……。とりあえず、そんな話があったっていうことで」
「………………」
シホとしては、極々いつもの言伝のつもりだった。
もちろんミリウスの立場上、こういったことがまずくはないか検討してみたりもした。
相手は明らかに恋愛感情があったし、その場合庶民と貴族(ましてや王族)では結ばれないことは明白である。
しかも王族としての身の安全まで考えると、学院外の人間の呼び出しに応じさせるのもどうかと思ったが――相手は身元が割れている少女だ。
街で会う限りは、周りに衛兵の目もあるし、日頃買い物をしているときとそう変わりはないだろう。
……そう判断して、伝言役を引き受けたのだが。
「あれ……どうしたの、ミリウス?」
「……先生は、それに何の躊躇も抵抗もなくその話を引き受けたんですか……」
「それは…………まぁ、勝手に安請け合いしたのは悪かったと思ってるけど」
伝えられる側の気持ちを考えずに引き受けてしまったのは事実だ。
たしかに心優しく他人思いのミリウスなら、たとえ気が進まずとも相手を不憫に思って行かねばならないと思うかもしれない。
「でもあんな顔して頼まれたら、さすがに断れないというか……」
そして一度引き受けた手前、その後何事もなかったように、自らの手の内で話自体をもみ消すこともシホにはできなかった。
「案外会ってみたら話が合ういい子だって可能性も……」
――――ギリッ。
どこかで歯噛みするような音が聞こえる。
「え?」
「…………わかりました」
項垂れていたミリウスが、幽鬼のようにゆらりと顔を上げる。
その顔には、笑顔こそいつものように浮かんでいたものの、額にははっきりと青筋が浮き、笑んだ口角の端が引き攣っていた。
「!」
「先生がそこまで望むのであれば――――ぜひその方とお会いしましょう」
どこか空々しい笑顔で、ミリウスはそう告げたのだった。
*
それから数日して――。
ある日の午後、ミリウスは街から戻ってきた。
「あ、ミリウス。おかえりー。どうだった?」
その日ミリウスは、例の少女と会うために朝から街へ出かけていた。
真面目な彼らしく、わざわざ出発時に『これから行ってきます』とシホに報告しての出立だった。
『行ってらっしゃ~い』と、ひらひらと手を振って見送ったのだが、その際に恨みがましい視線を向けられたような気がしたので気にはなっていた。
とりあえず見る限り、帰ってきたミリウスの様子に変わりはない。いつもと同じ冷静なすまし顔である。
「ね、ね? いい子だったでしょう?」
シホは前のめりになってミリウスの反応を窺う。
あの少女は恋人にするのは無理でも、友人や知人、ミリウスの視野が広がるちょっとした助けになるのではと思い、けして悪い話ではないと見送ったのだ。
(懐いてくれるのは嬉しいんだけど、ミリウスって、ちょっと私の意見に感化されやす過ぎるところがあるからなぁ……。もっといろいろな立場や意見の人と交流したほうがいいと思うんだけど)
そう思い問いかけたミリウスの反応は、よくわからないものだった。
「…………そうですね。とても素敵な、真っ直ぐな心根の女性でした」
ミリウスの口から自然に異性を褒める言葉が出たことに驚く。
彼はいつでも他人の良いところを見つけ出す長所を持っているが、シホの目の前でクラスメイト以外の異性を褒めるところを見たのは初めてだった。
「へぇ……それはよかったじゃない」
真っ直ぐな心根の人物なら、ミリウスとも気が合うだろう。
が、ミリウスの反応は予想とは違った。
「………………」
高い位置からシホのことを見下ろして、何か物言いたげに沈黙している。
それは決して恋人や新たな友人ができた喜びに満ちた表情ではなかった。
「彼女には、もう金輪際会うことはないでしょう」
「!?」
「会っても、俺は彼女の期待には応えられないので」
それは…………。
「恋人になって欲しいと言われました。好きだ、とも。ですが俺には、その気持ちに応えることはできません。……たとえどれほど長い時間をかけようと」
「そ、そう…………」
たしかにそれは予め予想はついていた。
王族と庶民である少女では、端から無理な話である。
が、友人として交流を続けることすら拒むとは、予想外だった。
「先生はどうお考えか知りませんが、恋と友情はまったく違う感情です。恋人を求める相手に友人としてなら――などという中途半端なことは俺にはできません」
「それは…………」
「反対に、先生にお伺いしますが。先生は恋した相手に『友人としてなら付き合うことができる』と言われて満足できますか……?」
「それは…………」
正直、それは考えたことがなかった。
人を好きになるということすら朧気な感情のまま生きてきた。だから、彼の言うことの明確な違いがよくわからない。
「友人として、その他大勢の一人として……。俺はそんなのは御免です。愛した女なら、俺だけを見てほしい。俺のことをいつだって一番に想っていてほしい。……それが現実的に無理なことだとしても、そう思ってしまうのが『恋』なんです」
それはまるで――――ミリウスが本当に誰かに恋をしているようだった。
(占い処で言っていたことは、あながち的外れじゃなかったのね――――)
場違いにも占者の言っていたことは本当だったのかもと、知られざるミリウスの情熱的な一面を目にしながらシホはたじろいだ。
「…………。先生は、まずは相手の気持ちになって考えることを覚えたほうがよいのではありませんか」
「!」
「俺が、あなたから。まったく受け入れがたい異性を紹介されたときの気持ち。それを、一度考えてみてはいかがでしょうか……?」
ゴゴゴゴゴ……と、言葉にすれば大地が揺れるような怒りを背負って、ミリウスはそう断言した。
「そ、そんなに怒るほどのこと……??」
「っ」
「え、え……???」
「そうですか……。先生には、一度身をもって体験してもらわないと理解いただけないようですね……」
「!」
「わかりました」
ミリウスは、すっと静かに面を上げる。
「先生には――――俺の紹介する相手と、一日恋人として過ごしてもらいます」




