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第113話 告白 1


 交換留学最終日。

 すっかり晴れ渡った秋空の下、街を見下ろす学院の展望台で、アーサー・フラムスティードはぼんやりと遠くを眺めていた。


「あぁ、いたいた! 担当の授業がないからって、サボりすぎじゃない?」


 軽口を叩きながら、シホが階下から繋がる階段から現れる。


「お前こそ護衛はいいのか? 仕事だろう」

「それもそうなんだけど……」


 シホの話では、いまはちょうど最後の授業で、送別会を行っている時間らしい。

 せっかくの生徒同士の親睦の時間に、監視役がいるというのも野暮な話だろう。

 そう思ってシホは席を外してきたというのだ。


「大丈夫。部屋の外にはもう一人の先生も待機してるし、ファビアンにも念押ししてきたから」

「あぁ……あの目つきの悪い――――」


 シホは随分あの生徒を買っていた。

 なんでも目端が非常に利くとかで、ほとんど自分の代行に近いだけの役目を任せていた。


「それにラスティンもいざとなれば誰より強いし、もちろんミリウスだって負けてないし……」


 それはこの短い期間の中でアーサーも十分理解していた。

 シホの預かる生徒は強い。それも、このリンデールの魔法学院においても少しも引けを取らないほどに。


 魔法戦になれば一番厄介そうなのはあのファビアンという生意気な生徒だし、彼はとてもシホに似ている。

 手数の多さと多彩さで、敵を混乱に陥れて勝利を拾っていくタイプだ。


 反対にあのラスティンという生徒は、魔法こそからきしなものの、剣技の技はとてつもなく鋭い。

 いまはまだ手にしていないようだが、あれが魔剣などを持つようになれば一介の魔術師程度では歯が立たなくなるだろう。


 そして――――あのミリウスという男。

 好青年の皮を被り、ひたむきにシホに師事するあの生徒。

 あれもまた――――とても強い男だろう。

 剣技の腕もそつがなく、そこらの兵士なら軽くいなす実力で、おまけにまだ底は見えないが――――おそらく、とても、とても魔力量が大きい。

 膨大な魔力を持つ者ゆえの余裕が、その行動の端々に見え隠れしていた。


(シホの前では大人しく猫を被っているようだが……)


 『普通』の生徒を装っているようだが、あれが着々と実力をつけ、師や友人の技を自分のものにしているだろうことは察せられる。


(あれは、そういうところは手を抜かない男だ――――)


 いざというときのために、自分を高める努力を怠らない。

 そしてそれを安易にひけらかすこともしないのだ。


(シホ、お前だって油断していると足を掬われるぞ――)


 自身の生徒を猫可愛がりしている旧友に、アーサーは渋い顔をした。


「ほんとアーサーは心配性ねー。大丈夫だって、ほら、もらった魔道具だって渡してきたし」


 そう言ってシホは小さな魔石型の魔道具を掲げる。

 これは対になる魔道具の留め具を引き抜き信号を送れば、対となるこちらの魔道具が輝き、離れていても非常事態を知らせることができる魔道具だった。


「それは僕がお前に――――」

「いやー便利なものを貰ったわ。ほんとアーサーって器用なのね」

「………………」


 本当ならその魔道具は、アーサーがシホの安全を考えて、片割れをシホに預けもう片方を自分が持つつもりだった。

 なのにこいつときたら、魔道具の説明を受けるなり、ペアを両方強奪して、その片割れをさっさとあの王子に持たせたのである。


 どこまで甘やかせば気が済むのだと思うのだが、あの王子もそれがわかっていて勝ち誇った顔をしてくるからたちが悪い。


「本当にお前は、ろくな男につかまらないんだろうな……」

「……?」


 若干眉を顰めたが、いつもの友人の軽口だと思ったのだろう。シホは気にも留めず、眼下の街を眺めながら伸びをする。


 その横顔を見遣りながら――――――アーサーは遠い昔を思い出していた。





 それはまだ二人が、ここで学生時代をしていたころの話だ。





           *





「また『修行』に出ていたのか?」


 週末、学院の短い休みが終わるその夜に、ひっそりとシホは寮に戻ってきた。

 おそらく風呂に向かうところだったのだろう。その姿はボロボロだった。


「お前なぁ、そんな無茶を続けているといつか――」

「わかった! わかったって! 話はあとで聞くから!!」


 そういってシホは女子用の共同浴場に飛び込んでしまった。


「だから~悪かったって。だって教授にあんなところを見られたら、またお小言言われるじゃない?」

「そんなことをするから言われるんだろう……」


 アーサーとしては当然説教もしたくなる事柄だったが、シホは学院に入学して何年経っても、休暇になると『修行』に出て、ボロボロになって帰ってきていた。


「僕がお前に傷跡を消す魔法を教えたのは、こんなことをさせるためじゃないんだからな!?」

「わかってるって~」


 全然何もわかっていないシホは、傷が消せるとわかった瞬間、嬉々として今まで以上に危険なことにも手を出し始めた。

 学院外でのことはよく知らないが、それでもその帰宅時の惨状がすべてを物語っていた。


「本当に! 死んだら元も子もないんだぞ!!?」

「っ痛!!」

「……!」


 腕をつかむなり顔をしかめたシホに、アーサーは慌ててその手を離す。


「悪い……。まだどこか痛むのか……?」

「あー……たぶん背中? よく見えないから治療もしづらいんだよねー」


 なんでもないことのようにシホは言うが、満身創痍が日常というのはどうかしている。


「あっ」

「貸せっ。僕が治療してやる」


 シホの手から手鏡を奪い取る。そして彼女が服の裾から確認しようとしていた傷跡にあたりをつけた。


「それで? 傷は打撲か、裂傷か?」

「わかんない」

「は!? わからなければ治療のしようがないだろう!?」


 魔法とは万能ではないのである。

 それぞれ傷口に応じた治療魔法をかけなくては、効果がないどころか却って悪化させることも少なくない。


「だってわかんないんだもん」

「わかんないんだもんって…………お前…………」


 アーサーは黙考する。

 こうなった以上、直接目視で確認するしかない。


「別に見てもいいよ。どうせ背中だし。そうだ! この際ほかの傷も全部消してよ!」


 名案だとばかりにシホは目を輝かせる。

 自分では見えなくて自信がなかったのだとそう言った。


「なっ、お前…………」

「ね! ね? いいでしょ!?」

「ぐっ……」


 そう言って詰め寄ってくるシホは、全然その自覚がないがもう16である。

 互いに思春期に突入し、距離を置き始めてもいい年頃だったが、全くその兆候は見えなかった。

 周りがはるかに年上の者ばかりで、子供扱いされていたことや、内面では常に背伸びを求められていたこともあるだろう。

 シホと自分は、子供と大人が混じり合った不思議な関係性をしていた。

 傍目には、いつも一緒に居る『きょうだい』のように見えていたかもしれない。


「あとで文句は絶対に言うなよ……」


 こくこくと頷きながらシホは手近にあったクッションを抱く。そうして前を隠しながら、背中の裾をめくるようアーサーに促した。


「ぐ………………」


 アーサーはなぜか緊張からか急に湧き出してきた唾液を飲み下し、意を決してその布をめくる。

 するとそこには、真新しいうっ血した打撲痕があった。


「お前…………」


 そしてその傷跡に影響されたのだろうか。すぐ隣の古い傷跡が、皮膚の内側で裂け、縦に細い亀裂が走ったような内出血を起こしていた。


「はぁ~~~~」


 アーサーは深い溜め息をつくと、裾を持ち上げたまま、そのすべての傷を治療していく。

 よく見ればその周囲にも、自分では消しきれなかったのか、古い傷跡がかすかに散っていた。


「……全部消せばいいんだな?」

「はぁ~い、お願いしまーす」


 依頼するほうは簡単に言ってくれるが、するほうは大変なのである。

 全部の傷を消すとなると、さらにその上……下着の見える肩甲骨のあたりまで服を捲らないといけない。

 おそるおそる持ち上げ、その布地らしきものが見えた瞬間、アーサーは慌てて手を止めた。


「こ、これ以上は自分でしろ!!」


 そう言ってアーサーは見てはいけない布地より下の部分の治療に専念する。

 が、当のシホは不満そうだった。


「どうせ支給品だから気にすることないのに……」


 下着もどうせ皆同じものを身につけているのだから、彼女にとっては制服と同じようなものだと考えているのかもしれない。

 が、問題はそこではないのだ。


 いくら布地が生徒共通の色気もへったくれもない訓練用のものだとしても、その布地から対照的に伸びる肌や、シホ自身は気づいていないだろうが、前屈みになりゆったりと空いた衣服の裾から覗く柔らかな膨らみが、アーサーの目を刺した。


「っ……!!!」



 シホは、アーサーの知らないところで、どんどん『女』になっていた。



 出会ったときは狼の子供のようだった。

 それがほんの2、3年経つ間に、知らぬ間にみるみる成長し、自分とは違う形の生き物になっていた。


 きめの細かい肌、柔らかそうな肉付き、緩やかな曲線に、自分にはない胸のささやかな膨らみ。


 それをどう受け止めればいいのか、アーサーは処理しかねていた。


 そのまま生き物としての変化だと受け止めればいい。

 けれどそれを強く意識した瞬間、この手放しがたい関係性が終わってしまいそうで――――……。



 当時のアーサー・フラムスティードは、彼女の変化に気づきつつも、見ないふりをした。





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