ライゼン王国へ
結婚してから2ヶ月が経つ頃、俺は殿下から長期休暇を頂く予定なのでライゼン王国へ新婚旅行に行く計画を立てていた。ライゼンではシャノアール伯爵家に4日滞在してその後はレナメ湖の湖畔にあるシャノアール家の別荘に2人だけで3日間滞在する予定だ。
予め兄のデュークに大きな滝を見たいと手紙を送ったらレナメ湖の別荘から近いチリナル滝を勧められた。
チリナル滝はレナメ湖の近くにあり、この滝は高さもあり幅広くレナメ湖の水が一気に落下してくるので滝壺は思わず息を呑む光景らしいので早くエミルに見せてあげたい。
ナジェルさんも見たことがある滝で感想を聞いてみたら、すごい迫力だと一言で返ってきた。
両親と同居することは良かったと思っているが、別荘では2人きりで久しぶり過ごすので誰にも邪魔されずにのんびりとできるのがとても楽しみだ。
俺は新婚旅行に行く計画を立てながらまるで小さい子供が遠出するときのように心を躍らせていた。
そんなある日、我が家に来客があった。その日はたまたま少し帰りが遅くなり家に帰ると見慣れた2人がいた。
「「よお、フィル」」
「ザック、ラミユ! 久しぶりだな。俺の新居をどうして知っているんだ?」
「ん? そりゃな。仕事柄?」
「そうだった…。お前らエミルに変なことを言っていないだろうな?」
「エミルちゃんとは楽しく会話していたよ」
「エミルちゃんって呼ぶな」
「何でだよ、奥さんだし俺達はおじさんだからいいじゃないか。遅くなったけれど結婚おめでとう! 若くて可愛い奥さんで羨ましいよ」
「ザック、ラミユありがとう。嬉しいよ!」
「お前の家を訪ねたらまだ帰っていないと言われてな。夕食をご馳走になって待っていたんだよ」
「あれ? そういえば俺の家族はどこに行った?」
「ご両親もエミルちゃんも自室にいるからフィルが帰って来るまで気兼ねなくゆっくり待っていてくださいと言ってくれたんだ。いい家族だな」
「あぁ、結婚して同居もして良かったよ」
「お前との出会いを思い出すと幸せそうで俺達も嬉しいよ」
「あれから随分と日が経ったな…。ところでお前達は今どこにいるんだ?」
「それを伝えに来たんだよ。ずっと自国にいたんだけど次の仕事が決まって詳しくは言えないがメッシュバルンではない他国に行くよ。もう少し経てば殿下から話は聞くと思うがメッシュバルンではなくあの国と繋がっている国を考えるとお前も想像つくだろ?」
「あぁ、分かったよ。隣国だけど随分遠くに行くんだな」
「前回の仕事は長い間していたが今回はそう長くないよ。何事も無ければ1年以内には帰ってくる予定だ。またしばらく会えないが次に会うときにはお前は子持ちかもな」
「早く帰ってこい。この家は部屋が沢山あるから今度からは泊まりに来てもいいし今日も宿を取っていないなら泊まっていけ」
「そうか? じゃあ別れの前だし遠慮なく泊まらせてもらうよ」
「そういえばあの伯爵の娘からまだ手紙がきていたんだが何か知っているか?」
「本当か? 変だな…、確かこの前あの国に残っていた奴が帰ってきたときに聞いたのだが婚約したと聞いたぞ?」
「エミルと結婚してからだから最近手紙がきたぞ?」
「伯爵は散財で首が回らなくなっていたし、娘の婚約者も見つからなくて困っていたらしいが借金を精算してもらうために金持ちの後妻に入ると聞いたぞ?」
「後妻? あの娘があり得ない…」
「なんだったかな?……プリノーゼ侯爵家だ。その侯爵さんは確か50歳くらいで奥さんを10年前くらいに亡くして嫁を探してたらしい。金遣いは荒いしあの性格で婚約者も見つけられないから金持ちの歳上はお似合いかもよ? 最後の頼みの綱であるフィルには相手にされないし伯爵は兄弟に爵位を譲るらしいからあの娘に逃げ場は無いさ」
「やっと煩わしいことから解放されて俺は嬉しいよ」
「あんな可愛い奥さんがいたら悪いことなんてできねぇな。フィル、酒が飲みたいからお義父さんも呼んでこい」
ザックとラミユは護衛の仕事で色々な国に出入りしていたナジェルさんとはお互い気が合うらしく、それから夜中まで4人で酒を飲んでそのまま長椅子で寝てしまう。
朝起きてきたマリアさんとエミルに笑われて全員起こされ朝食を済ませるとザックとラミユは旅立って行った。
ザックとラミユと会ってから約1か月が経ちいよいよ新婚旅行に行く日になった。貴族の旅行でもないので荷物も必要最低限にして馬車に積み込む。
馬車と御者を自分で雇い行くつもりでいたが、母にシャノアール家を訪問するなら駄目だと反対され結局メンデス家の馬車で行くことになった。
エミルは新婚旅行という感じではなく初めて親元を離れて遠い外国に行く女の子のようで可愛らしい。
ニルセンブリナの国境付近で宿に一泊し、ライゼンに入ってからも宿に一泊してやっと王都に近づいてきた。
王都に入りシャノアール家に着く頃には夜になってしまうので訪問するのを迷ったが予め手紙で日時を知らせてあるので予定通り訪ねることにする。
屋敷に到着し馬車を降りると執事のロードが俺達を出迎えてくれた。メンデス家の執事と同じようにエミルの事情を把握して挨拶も合わせてくれた。
玄関の扉をロードが開けるとビンセント様、リリアナ様、兄のデュークが出迎えてくれる。
「フィル、久しいな。あれから息災でいたか?」
「ビンセント様、リリアナ様、ご無沙汰しております。おかげさまで息災に過ごしております。その節は大変お世話になりありがとうございました。こちらの女性は妻のエミルです。よろしくお願いします」
「初めまして、エミルさん。私はビンセントです。エミルさんに会うのを楽しみにしていたよ」
「初めまして、エミルちゃん。私は妻のリリアナよ。デュークの言っていた通りだわ。普段と同じように今日からこの屋敷で過ごしてね」
「初めまして、ビンセント様、リリアナ様。私はエミルです。今日からよろしくお願いします」
「フィル、エミルさん、久しぶりだね。結婚式以来だけど忙しいのも落ち着いたかな?」
「兄上、ご無沙汰しています。結婚してから2か月が過ぎましたので生活に慣れてきました」
「デュークお兄さんごめんなさい。私、デュークさお兄さんを覚えていないからフィルさんに全て教えてもらいました。これからもよろしくお願いします」
「さぁ、エミルちゃんこちらへいらっしゃい。応接室でお茶にしましょう」
エミルが平民であることは既に知っているがシャノアール家の方々も記憶の件をデュークから聞いて態度を合わせてくれている。
リリアナ様はエミルを応接室に連れて行き男性陣も後から付いて行きながら同じ光景を見たことがあると思い母の顔が浮かんだ。
それから少し談話をして夜も遅くなり部屋へ案内してくれる。ライゼンまでは馬車で丸3日かかりエミルは想像していたよりも疲れていないようだったが、明日は屋敷でゆっくり休んで明後日にライゼンの王都を観光しに行くことにした。
昨夜は旅の疲れを取るために早めに就寝して朝を迎える。貴族であれば身支度にメイドが来るところだが、エミルは自分で簡単に済ませて食堂で朝食を取り、日中はリリアナ様と屋敷の庭を散歩したり東屋で昼食を取るなどしてのんびりと過ごしていた。
ビンセント様とデュークは朝早くから出かけているのでリリアナ様と午後応接室でお茶を飲みながら談話をしていたが来客が来たようでリリアナ様は退室した。
明日は何処へ行こうかとエミルと相談していたときに聞き慣れた声がしてきたので応接室の入口の扉を見ていたら入室してきた人は母である。
「なっ! 母上……」
「あら、フィルご機嫌よう。エミルちゃん、お義母さんが約束通り来ましたよ」
「お義母さん、思ったよりも早かったですね。疲れていませんか?」
「エミルちゃんに会いたくて予定よりも早く来たのよ」
「母上、なぜライゼンへ? 私とエミルは新婚旅行に来ているのですが」
「私は新婚旅行についてきたのではなく、シャノアール伯爵家に息子達がお世話になっているお礼と、しばらくシャノアール家の方ともお会いしておりませんのでライゼンに参りましたの。それにエミルちゃんが帰ってくるのは13日後ですから万一遅れたら大変だわ」
「今までのように手紙で連絡をすればよろしかったのではないでしょうか?」
「フィル、あなたがメッシュバルンから帰国できたのはビンセント様のおかげです。お力添えをいただけなかったら今頃は結婚もできなかったかもしれませんよ?」
「はい、承知しております…」
「お義母さん、フィルさん仲良くしましょう。リリアナ様も困っていますよ?」
「エミルは知っていたのか?」
「うん、知っていたよ。お義母さんだって久しぶりにリリアナ様達に会いたいと言っていたし皆んなで会えば楽しいでしょう?」
「リリアナ様、お聞きになりまして? 息子は冷たい態度ですがエミルちゃんは本当に優しいわ」
「フィル、私もシェリーナ様と久しぶりお会いできて嬉しいのよ。ですから許してくださいね」
「はい、リリアナ様…」
もうすでに来てしまった母に帰れとは言えないので仕方なく受け入れたが、結婚式のニードリッヒ殿下の件も俺は知らされていなかったし今回も知らなかったので内心は不満だった。




