ニード様
夕方になるとアンドレア様とデュークも帰ってきたがデュークも母が来ることは知らされていなかったから驚いていた。どうやら母は息子に対しての扱いが同じらしい。
挨拶を済ませ皆で夕食を取り応接室に行く。
エミルは母とリリアナ様と談話をして俺はアンドレア様とデュークと酒を飲んでいたが、ふとエミルを見ると元気がなさそうな表情をしていたのでエミルの元へ行くことにした。
「エミル、どうした? 疲れたかな?」
「ううん、疲れていないけど…。今ね、甥っ子のデビットの話をみんなでしてたの」
「それで? 何か困ったことを言われたの?」
「私ね、フィルさんと仲良くしていると思っていたのにまだ子宝に恵まれないからどうしてかな? と考えちゃって。」
「「「………」」」
「それで思いついたけどフィルさんは体力があるのに私は無いから駄目なのかな? お義母さんとカトリーヌお姉さんに言われた通りにフィルさんに教えてもらったのに仲良くするのがまだまだ足りないの?」
「エ、エミル…、この前言ったけど仲良くしている話は2人の秘密だから他の人にしたら駄目だよ」
「あっ! そうだった。ごめんなさい…。でも誰にも聞けないから聞いてみたかったの。フィルさんは私にちゃんと全部教えてくれた?」
「ちゃんと教えたから心配しなくても大丈夫。部屋に戻って2人きりになったらこの話の続きをしようね」
「フィル…、体力がないとはどういう意味ですか? エミルちゃんは健康な女性ですよ?」
「それはですね……つまり…」
「エミルちゃん、まだ17歳でしょう? 私は主人と結婚したのは19歳でしたし初めて妊娠したのは21歳よ。1年や2年は子宝に恵まれないのは当然なことなのよ」
「そうですわ、カトリーヌも結婚してから1年半でやっと妊娠しました。エミルちゃんは17歳で大人になって間もない身体ですし貴族ではないのですから跡継ぎを早く産もうなんて考えなくても良いのよ。自然に妊娠するまでは新婚生活を楽しみなさい」
「はい、分かりました。考えてみれば大人になったばかりだからまだまだですね。私がもっと体力つけてみてこれからもフィルさんとたくさん仲良くします!」
「「体力…。」」
「フィル、後で私と2人きりで話がありますから部屋に来なさい」
「はい、母上」
エミルはすっかり明るい表情に変わったが俺は母と話をするのが憂鬱になり溜息が漏れた。
翌日、ライゼンの王都を観光しようと思っていたら母とリリアナ様も一緒に付いてくるので馬車で問うことにする。
「母上、何度も言うようですが新婚旅行なので2人きりがいいです。外国でも子供ではありませんから心配なさらないでください。それにリリアナ様を巻き込まないようにしてください」
「あら、私達はエミルちゃんの許可はもらっていますよ。それに今日は好きな物を買ってあげる約束ですしリリアナ様が案内をしてくださるそうなので安心ですわ」
「フィル、買い物が終わりましたら途中で分かれますから少し我慢してくださいね」
「…はい、リリアナ様ありがとうございます」
王都の中心部に着くと町は賑わっていた。エミルは町や店の雰囲気、着ている洋服や髪型の違いに心を躍らせているようで辺りを見回していた。
エミルは母とリリアナ様に仕立て屋や宝飾店に連れて行かれたが何も買わず欲しい物を聞かれて菓子店に行きたいと言い一番大きな店に連れて行ってもらえた。
「フィル、あなた今でもエミルちゃんにお菓子を買ってあげていないのかしら?」
「いいえ、ちゃんと菓子も買いますし茶菓子店にもよく行きますよ?」
「そう…。エミルちゃん今日は好きなお菓子を全部買ってあげるわ。さぁ、たくさん選びに行きなさい」
エミルが胸に抱えて持ってきたのは両親への菓子土産一つとキャンディが入った瓶が一つ。たくさん菓子を買わせたい母が熱心に勧めているが断られている。
「お義母さん、そんなにたくさん食べられないから勿体無いし私の分はキャンディだけでいいです。」
「遠慮しないでいいのよ。それならキャンディが入った瓶を全部買いましょうか?」
「一つがいい。フィルさんとライゼンに来た記念でお部屋に飾ってある瓶の隣に飾るの。たくさんありすぎると思いが冷めてしまうでしょう?」
俺はパイゼン領に行ったときのことを思い出しエミルの言葉に魅了されて今すぐにでも抱きしめたい気持ちになるが必死に抑える。店を出てからリリアナ様から俺とエミルをお気に入りの高級料理店へ招待する手配をしてあると申し出があり別行動をすることになる。
エミルを気遣ってくれていたのか店に着くと個室に案内され豪華な料理が運ばれてきた。ライゼン王国の料理は香辛料が多めで濃い味付けに感じたが料理から甘味までどの料理も美味しい。しかし量が多すぎて残してしまったことにエミルは残念そうにしている。
食事が終わり屋敷に帰ると丁度夕食が終わった時間だったようで応接室に移動して皆で歓談し、その後部屋に戻って就寝した。
翌日、シャノアール家で過ごす最終日となり明日から湖畔の別荘に行くため屋敷で過ごす。母が強引に別荘まで付いてくるかもと疑心を抱いた俺は母の予定を問うことにする。
「母上、私達は明日からシャノアール家の湖畔にある別荘で滞在しますが母上のご予定はいかかでしょうか?」
「あら、もしかして私が別荘まで行くと思っていませんよね? 明日は私もニルセンブリナへ帰ります。またしばらくエミルちゃんとはお別れですが別荘は2人で楽しんできてください。フィルとエミルちゃんも帰ってきたらなるべく早くメンデス家の屋敷に帰ってきなさいね」
「はい、母上ありがとうございます」
俺は母がニルセンブリナへ帰ることに胸を撫で下ろし新婚旅行の続きを満喫しようと期待を膨らませる。
昼食が終わり応接室でお茶を飲んでいると来客があったようでリリアナ様と母が退室した。一瞬、なぜ母まで? と疑問に思ったが気にしないでおいた。
賑やかな話し声が聞こえてきて応接室の扉が開かれると目に入ってきた人物に愕然とする。
「殿……」
「ははは! 驚いたかな? デューク、フィルが可笑しい表情になっているぞ!」
「ニード様、内密にしていたのでしたらフィルが驚くのも当然です」
「ニード様、ご無沙汰しております。早速ですがライゼンに訪れる予定がございましたか?」
「無ければ来ていないよ、その件はまた後で話す。
エミルさん、こんにちは。新婚旅行を楽しんでいるかな?」
「私のことをご存知ですか? あの、私は…」
「そうだった、私はデュークとフィルの友人でニードです。結婚式にも参列したから会うのは今日で二回目だよ。エミルさんの記憶のこともフィルから聞いているから安心していいからね」
「ありがとうございます、ニード様。他国に来たのは初めてで新婚旅行は毎日がとっても楽しいです!」
殿下だけではなく側近のレオンとミロードまで付いてきていたので挨拶を交わして長椅子に座り全員で歓談を始めると殿下が小声で話しかけてきた。
「フィル、私がライゼンに来た理由は縁談をしに来たからだ」
「? 殿下が縁談をお受けになったのですか?」
「まさかレオかミロードのために来たとでも思っているのではないだろうな…」
「いいえ、ですがそのようなことを仰られていた記憶はございませんが」
「それは驚かそうと思ってフィルには内密にしていたのだよ」
「はい、とても驚きましたがお会いになった方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「第四王女のクリスティン殿下で私と二歳違いの19歳。以前から縁談の話があり気が進まなかっのだがフィルとエミルさんを見ていると結婚に対して希望が持てたから思い切って縁談を受けてみた」
「クリスティン殿下の印象はいかがでしたか?」
「良かったよ。エミルさんに似ているわけではないが素直で控えめな愛らしい女性だった。いずれ王太子殿下が王に即位した際には臣籍降下することも受け入れて私に嫁ぎたいと申し出をしてくれたから陛下に報告して婚約する」
「おめでとうございます。ニードリッヒ殿下とクリスティン殿下のご婚約を心よりお祝い申し上げます」
「まだ正式ではないが気持ちは嬉しいよ。私も良い伴侶と出会えたと思っているのでクリスティン殿下を大切にしたい」
殿下がライゼンに訪れたのはデュークに会いに来たわけでもなく正式な縁談を受けたからでありレオとミロードがついてきたことも納得できる。
本来であれば今頃ニルセンブリナへ向かっているはずで予定を変更してシャノアール家に訪れたと思っていたが、実は最初から訪れる予定でシャノアール家で一泊してから明日お帰りになるそうだ。
またしても母は最初から殿下が訪れることを知っていたのであの時玄関に迎えに行ったのだ。しばらくは愕然とするようなことが無いように祈った。




