叶う
月日は流れ、明日は念願が叶って教会で結婚式を挙げる。俺達はメンデス家に前泊することにしたので実家に帰ってきたが女性陣に邪魔者扱いされて部屋を追い出された挙句、明日の朝まで接近禁止を言い渡された…。なぜエミルの傍にいたら駄目なのか理解できない。
そしてナジェルさん達はいつも通り店があるので閉店後に新居から迎えの馬車に乗りメンデス家を訪れた。
男性陣はやることが無いので夕食後からは応接室で父、ナジェルさん、兄のアルフォンス、デュークで酒を飲み談話する。
デュークはライゼンから2日前に帰国して今日初めてエミルに会っている。純粋で無邪気に話しかけるエミルを直視することがあまりできず、しどろもどろに会話して顔を赤らめていた。以前のアルフォンスと同じ反応をしていたからとても可笑しかった。
「フィル、帰ってきたときにエミルさんと会って話をしたけれどお前の言っていたことが分かったよ」
「デューク兄さん、人柄のことですか?」
「あの…、エミルが何か失礼なことをしてしまいましたか?」
ナジェルさんはとても不安そうな表情で恐る恐る問いかける。
「いえいえ、そういう意味ではないのでご安心ください。貴族社会にいるとエミルさんのような人柄の女性とはあまり出会うことがなくて驚いただけです。ナジェルさんやマリアさんの愛情が伝わっているので真っ直ぐに育ったのでしょうね」
「ありがとうございます。エミルは同じ年頃の子と比べると幼いと思っておりますが元々の性格は変わっておりません。事故の後は家族の手伝いしかさせておりませんし友人も少ないので私達夫婦もエミルを自由にさせたかったのですが、記憶障害が残ってしまったので心配でそばに置いてしまったのです」
「ご苦労なさったのですね…。エミルさんはお若いし少し世間が狭いかもしれませんが店を手伝い社会経験をしているのでこれからたくさん学んでいけばいいのですよ。素直な性格ですしどんどん色々なことを吸収していくでしょう。それにこれからのことはフィルに全て任せてしまえば良いのです」
「はい、平民として普通に育てたつもりですが、貴族の方々のような教育はしておりませんのでこの先ご迷惑をおかけすることもあるかと思います。その際にはご指導よろしくお願い致します」
「そんなことをしたら私達が妻に叱られてしまいますよ。ナジェルさん、あなた方が変わる必要はありませんよ? それにフィルも平民になりますしエミルさんは貴族社会とは無関係ですから心配なさらないでください」
「そうですよ、あのままのエミルさんでなくては母上が…、恐ろしいことになりますので変わらないでください」
「ナジェルさん、私はエミルの全てを愛しています。ですから変わる必要もなくあのままのエミルがいいです。ナジェルさんとマリアさんもメンデス家とは普通に接してください」
「ありがとうございます。気が楽になりました」
「フィル、明日はいよいよだな。男兄弟の中で一番先に結婚するとは…、驚きだよ。俺もそろそろ結婚した方がいいかな」
「なんだ、アルフォンス。縁談なら山ほど申込みが来てるぞ? お前もやっとその気になったか…」
「父上、私は縁談よりもフィルのように結婚したいと思える女性に出会いたいという意味なのでお断りします」
「父上、私も自分で相手を見つけますしライゼンに戻るので縁談はお断りします」
「はぁぁ…。ナジェルさん、このように息子なんて勝手なものですよ」
「私も若い頃は勝手ばかりしておりましたが、私には息子がおりませんでしたのでアンドレアさんが羨ましいです。でもこれからはフィルが義理の息子になってくれますから頼りにしています」
「はい、お義父さん。私は頼りになる息子になりますよ」
「お、お前…今お義父さんって…」
ナジェルさんは意外と涙もろい。お義父さんと呼んだだけで感動して泣いてしまったがその後は楽しく皆と歓談をしていた。
夜も更けて寝る時間になってもやはりエミルと会えない…。俺は明日の結婚式を早く終わらせて2人きりになりたいと考えていたらなかなか寝付けなかった。
翌朝、朝食を取り終わると俺の部屋にメイドが数人来て慌ただしく結婚式の準備をさせられたが男の身支度なんて簡単なものだ。
エミルがいる部屋には許可が出るまで出入り禁止をされているので不満だったが、ようやく教会に行く時間が迫る頃呼ばれて部屋に行くと母に入り口で止められる。
「フィル、あなた心の準備はよろしくて?」
「は? はい。私の準備は全て終わりました」
「はぁぁ…、言葉の意味が違いましてよ。仕方ないわね、まぁいいでしょう。エミルちゃんに会うのを許可します」
そう言って部屋に入るとお義母さんがエミルの手を引き俺の前に連れて来る。エミルは遠くからでもわかるくらいに全身磨かれていて可愛いエミルから可愛い大人の女性に変身しているではないか! 俺はあまりの美しさに見惚れてしまい言葉が上手く出てこなくなってしまったがエミルは恥ずかしそうに顔が紅潮している。
「おはようございます、フィルさん」
「………」
「フィルさん? えっと、私の結婚式のドレスはどこか変ですか?」
「……あっ、エミルが可愛いし美しすぎてその…」
「フィル、しっかりなさい。全く…」
「はい、申し訳ございませんでした。エミル、とても似合っているよ。可愛いすぎるからもう結婚式なんてしなくていいぐらい誰にも見せたくない。でもしないと駄目か…。よし! 式は早く終わらせよう」
「はぁぁ…、弟が滑稽だわ。結婚式は大事な儀式よ、しっかりなさい」
「フィルさん、今日からエミルのことをよろしくお願いします」
「はい、お義母さん。こちらこそよろしくお願いします」
「あら、教会に行く時間だわ。私達も一緒に行きましょう」
俺とエミルは結婚式用の馬車に乗り家族とは教会で会うことにしている。馬車の中ではエミルのことが気になりすぎて触れたいのに我慢をしていたら会話ができなくなってしまった。
「フィルさん、今日は具合でも悪いの? なんだかいつもと違うよ?」
「ん? 違うよ…。実はね、エミルがもう可愛いすぎて我慢するのが大変で触れたくて堪らないから話せなくなってしまった」
「えっ? フィルさんは私に触りたいの? でも…お義母さんに化粧や髪型とか衣装が崩れるからフィルさんに触らせたら駄目だって言われているの。ごめんなさい」
母上、俺の行動を予想して釘を刺していたか…、抜かりないな。
「でも少しだけ触れたい。駄目?」
「うーん、じゃあ手だけ。お義母さんと約束したから今は手を繋ぐだけで我慢です」
満足はできないが手を繋いで手の甲に口付けをしていたら少し気持ちが落ち着いてきた。そうしている間に教会に到着したので俺とエミルは馬車を降りた。
教会に入るとエミルとは別行動となる。列席者は既に着席しており祭壇の方に向かうと列席者の一人とふと目が合った。
「殿……」
殿下と言いかけたところで口の前で人差し指を当てて無言の合図を送られたので頭だけ下げた。
殿下は父と母の横に座り笑顔で会話をしていたので知らなかったのは俺だけだとやっと気付く。
お忍びで来てくれたようだが殿下を見たときは心臓が止まりそうなほど驚いたので呆然としていたら、牧師が祭壇に立ちいよいよ式が始まるので気持ちを入れ替えた。
入口の扉が開くと既に涙を流して手で拭っているナジェルさんと腕を組んでエミルがゆっくりと入場する。
それから滞りなく式は進み結婚の誓約をして指輪の交換をし、誓いの口付けでベールに隠されていたエミルの顔をやっと見れた。
エミルは涙を浮かべるのではなく満面の笑みを浮かべて俺を見つめていたので思い切り口付けをしたらくすくすと笑い声がしていたが、俺はエミルと夫婦になれたという愉悦に浸っていた。
教会の外には列席者達が並んで立っていた。
「フィル、エミルさん結婚おめでとう!」
「殿…ニード様、本日は式にご出席いただきましてありがとうございました。こちらが妻のエミルと申します」
「初めまして、エミルです。本日はご出席いただきましてありがとうございました」
「エミルさんのことはフィルからいつも話を聞いているんだよ。可愛いエミルとフィルがいつも言っていたから内緒で見に来たんだ」
「フィルさんの貴族のご友人ですか?」
「そうだよ、貴族の友人で仲良くしているから今度フィルと一緒にゆっくり会おうね。フィル、私はデュークと予定があるからこれで失礼するよ」
「承知致しました。お気をつけてお帰りください」
殿下が去った後、辺りを見回すとナジェルさんはまだ泣いていてマリアさんに慰めてもらっているしメイさんとトムは俺達2人の門出を祝福してくれた。
メンデス家の人々は終始笑顔で結婚を祝福してくれたので家族に対して感謝の気持ちでいっぱいだった。




