前進
求婚してから10日後、今日はナジェルさん一家と共に再び実家へ帰る。2回目の顔合わせなので最初から和やかな雰囲気で始められるだろう。唯一、前回と違うのは姉が参加することである。
屋敷に到着し挨拶が一通り終わると婚約の話は改めることもないので省略することになった。
前回と同様に食事もマナーがあまり必要ないものをできるだけ用意して食事をすることになり楽しいひと時を過ごす。
食事を終えて応接室に移動すると女性陣はお決まりの挙式する教会やドレス、宝飾品話で盛り上がり姉の妊娠話にも夢中でお喋りしていた。
男性陣は相変わらず王都の町の様子や父がナジェルさんに平民の生活状況などを聞いて談話する。
そして俺がライゼンに立ち寄っている話になると周辺国の話に話題が変わった。
「ナジェルさん、二男のデュークがライゼンに留学しておりまして遠縁の伯爵家に滞在しているのですよ。フィルは先日の国境付近の事変の際にメッシュバルンからライゼンに立ち寄っておりまして会ってきたそうです」
「ライゼンですか? メッシュバルンではなくて? すみません、フィル君からは詳しいことを聞いておりませんでした」
「いえいえ、終わったことですからあえて言わなかったのでしょう」
「パイゼン領からメッシュバルンへ連れ去られたとは聞いておりましたが…」
「色々と事情がありましてライゼン経由で帰国したそうです。フィル、デュークやシャノアール伯爵家にはエミルさんとの結婚は話してあるのか?」
「はい、聞いていないと叱られましたよ。ビンセント様とリリアナ様もエミルに早く会いたいと言っておりましたのでライゼンに連れて行く約束をしました」
「連絡するのが遅くなってしまったからな。結婚したらエミルさんをライゼンに連れて行くと良い」
「はい、新婚旅行に行く予定ですが殿下には長期休暇をいただく許可を得ております。ナジェルさん、エミルをライゼンに連れて行ってもいいですか?」
「あぁ、いいよ。エミルにも聞いてみるといい。俺が昔、商人の護衛をしていた話を覚えているか?」
「はい、たしかエミルが事故に遭うまででしたよね?」
「ライゼンとイルマルーンには護衛の仕事で頻繁に行っていたんだ。イルマルーンはとにかく国土が広いし全体的に栄えているから金回りがいい国だったよ。
ライゼンはこの国よりは小さいが同じくらい栄えている。それにライゼンの国民は人当たりのいい人が多くいると感じたよ」
「私の兄もライゼンが気に入っているようでまだ帰らないと言っていました。でもエミルに会いたいから結婚式には帰ってくるそうですよ」
「イルマルーンの王都まで行くのは遠くて日にちもかかるし大変だったが、ライゼンの王都は移動手段にもよるが3、4日くらいか?」
「はい、思ったよりも近い国だと思いました」
「そういえばナジェルさんはエミルさんの事故の後、なぜ花屋になったのですか? 昔花屋で働いていたことがあったのでしょうか?」
「いいえ、花屋で働いていたことはないです。エミルの事故後は長期間仕事で家を空けることができずに妻が雑貨屋を営んでおりましたので一緒に商売を始めました。ただ、雑貨屋の売上だけだと食べていくのも大変で花屋を開きました。本当に何でも良かったのですがエミルが花屋がいいと言ったので…」
「私も今までなぜナジェルさんが花屋を開いているのか疑問でした」
「俺に似合わないとか言いたいだろう? エミルが選んだだけだし商人の護衛以外にも色々護衛をしていたからつき合いが広くて簡単に始められたんだ」
「エミルが店に立っていて良かったですね」
「ま、まぁな。俺は裏方にいたり配達する方がいいから助かっているよ。でもフィルと結婚したら花屋をどうするかだな」
「どうしてですか? そのまま続ければ良いのではないでしょうか? フィルは仕事の時間が不規則で忙しいときもありますし、ご両親がいた方がエミルさんも寂しくないと思いますよ」
「ありがとうございます。でも住む家も違くなりますし新婚ですから2人で一緒にいる時間が多い方がいいでしょう」
「ナジェルさんにはまだ伝えていませんでしたが、私はこれから家族が増えていく予定なので広い家を買ってご両親と同居します。エミルは家事もできますが、記憶のこともありますのでご両親と一緒にいた方が安心です」
「フィル、記憶のことまで考えてくれてありがとう。でもな、気持ちはありがたいが俺には広い家は借りれないから無理だ」
「エミルとはこれから子供をたくさん作ることを約束しましたので私が家を買いますからナジェルさんとマリアさんも一緒に住んでください。どうかよろしくお願いします」
「子供をたくさん! フィル、体は大人の女性になっているとマリアが言ってたから問題ないが閨事はだなその…」
「はい、知っていますよ。まだ何も教えていないのですよね?」
「すまない…。事故があったからそれどころではなくてマリアもエミルに何も教えられなかった」
「大丈夫です、私が責任を持って教えますから」
「フィル、エミルさんの病のことやお前の仕事のこともあるし一緒に住むのは良い案だから是非そうしてあげなさい。だがエミルさんに教えるのは結婚した後だ、分かったな」
「はい、承知しております」
こうして前回とは少し違った顔合わせも終わりナジェルさん一家の自宅へ一緒に帰った。エミルに帰り際、キャンディを渡すと瓶のキャンディがたくさん溜まってきたと言って満面の笑みを浮かべていた。
それから3日後、俺は仕事へ向かうと宮殿の入口を入った廊下にトムが立っていた。
「おはようございます、フィルバートさん」
「おはよう、トム。今日は騎士団で何かあるのか?」
「違います、フィルバートさんに会うために立っていました。あれからメイにエミルとフィルバートさんの出会いと最近また婚約したことを聞きました。
エミルを助けてくれたのはフィルバートさんだったのに、何も知らずに俺は幼馴染だから立場が同じだなんて生意気なことを言ってしまい申し訳ございませんでした。俺はエミルがずっと好きで諦めきれなかったのですがエミルがフィルバートさんを選んだのならきっぱり諦めます。でもフィルバートさんがエミルを泣かせるようでしたら奪いに行きますから」
「トム、エミルが俺を選んだことを理解してくれてありがとう。必ず幸せにするし一生添い遂げるよ」
「はい、ずっと引きずっている恋なら振られた方が前に進めるとメイに言われました。エミルが幸せにならなかったら俺は前に進めなくなるので幸せにしてあげてください」
「分かった、トムに誓うよ」
「エミルと友人は続けていいですよね? メイと同じ幼馴染みですし」
「あぁ、友人としてならいいぞ」
「フィルバートさんは第一印象と違って独占欲が強いですね」
「エミルにだけな。自分でも驚いているよ」
「俺、騎士団で頑張ってフィルバートさんみたいに近衛隊に入りたいです。今はまだ騎士として未熟ですが必ず成し遂げますからそのときはよろしくお願いします」
「あぁ、トムが近衛隊に来るのを楽しみにしているしたまには鍛錬に付き合うぞ。いつでも声をかけてくれ」
「はい、ありがとうございます。それでは失礼します」
騎士団長からはトムの様子を聞いたことがある。剣術は荒削りだが筋が良く体力もあり努力家で人柄も良いらしい。
いつかトムと同じ任務に就くようになるかもしれないと少し楽しみだった。




