誤解
昨夜エミルへ会いに行くとナジェルさん達が夕食に招待してくれて楽しいひと時を過ごしたおかげで落胆したことを忘れて気持ちも落ち着いた。
翌日は遅番であったため昼間エミルに会い、仕事へ向かうため町を歩いていたら突然後ろから腕を組まれる。
「久しぶり! フィル。会いたかったわ」
「誰だお前…ってアンジェか?」
「もう、相変わらず素っ気ない男ね。昔から変わってないわ」
「お前、たしか…、恋人を追いかけて外国へ行ったと聞いていたぞ」
「そうよ、行ったわ。でも浮気ばかりしている奴で最初は我慢してたけどいい加減嫌になったし愛想が尽きて帰ってきたの。フィルは元気だった? 最近帰ってきてから昔よく飲んだ店に顔を出しているんだけどフィルは全く店に来ていないと聞いたわ」
「男と別れたばかりなのにお前もう遊んでいるか? 俺達も大人なんだから少しは真面目に生きろよ。それに俺はもう店には行かないぞ」
「あら、フィル中身は変わったわね。じゃあさ、私も遊びを止めるから交際してよ。今は恋人がいなくて寂しいから丁度良かった!」
「昔から毎回断っているのにお前も懲りないな…。それに冗談はほどほどにしろよ」
「やだ、冗談なんかではないわよ。昔からフィルを狙っていたのにいつも冷たく断られたけどね」
「お前は一生友人だ。俺が受け入れることはないからいい加減諦めろ」
「私が傷ついて王都に帰ってきたのに冷たいわね。最近は頻繁に店に行っているし、何人か昔遊んでいた仲間もいるから暇なら来なよ」
「あのな、お前と違って俺は婚約したんだよ。婚約者を大切にしているから店には行かないぞ」
「げっ、婚約? あははは、フィルが婚約! 一番しなさそうだった奴がねぇ…」
「何がおかしい、勝手に笑ってろ。俺はこれから仕事だからまたな」
入団して成人したばかりの頃、大人の世界に入りたくて騎士団の先輩達と酒を提供する店を頻繁に訪れていた。何度か通う内に仲良くなった男女の仲間ができたわけだかアンジェはその中の1人だ。
店に来ていた客とは男女の関係になったりもしたが仲間内では一切無い。
アンジェは昔から俺に対して本気か分からないが好意を寄せてきて断り続けた。元々さっぱりした性格なので断っても気まずくはならずに友人として付き合っていたが、ある日突然店に来なくなった。
恋人を追いかけて外国に行ったと仲間が言っていたし俺も店に行かなくなったので3年ほど一度も会ったことは無い。忘れていた懐かしい記憶を思い出しながら宮殿へ仕事に行った。
さっきまでフィルさんが店に来ていたけど仕事があるので帰ってしまったわ。傍にいるのが嬉しくてずっと一緒にいたかったけど仕方ない。それに今朝、お父さんが市場で足を挫いたから歩かないようにするために私が色んな仕事を代わりにするで丁度良かったのかも。
「フィルはもう帰ったのか? これから二ベルさんの店に花を配達してくれるか?」
「うん、いいよ。二ベルさんの店は近いから大丈夫」
「ごめんな、明日には治るから今日はよろしく頼む」
二ベルさんのお店は宿屋でいつもお花を綺麗に飾っているのでこれから今日の分を配達しに行かなきゃ。
私は足早に宿屋へ向かう途中、さっき別れたばかりのフィルさんの背中を見つけて嬉しくなる。
走って追いかけると後ろから女性がフィルさんに腕を絡めて親しげに会話をしているように見えたから近づこうとしていた私は足を止めた。
フィルさんが私以外の女性と親しくている姿を初めて見たから衝撃を受けて動揺している。あの人はフィルさんの恋人だよね? 考えていると胸が痛くなり泣きそうなので目を瞑って2人を見ないようにしていたらいつの間にかフィルさんの姿はどこにもなかった。
気を取り直して二ベルさんのお店にお花を届けて戻ったけど悲しいままで気分が優れない。でもお父さんに心配をかけてしまうのは嫌なので隠していたけど勘付かれた。
「エミル、何かあったのか? 二ベルさんのお店から帰ってきたら変だぞ」
「何もないよ。二ベルさんとは話もしてお花もちゃんと渡してきた」
「それならどうした? 泣きそうな顔をしているぞ」
「……お父さん、今度フィルさんとお出かけする約束していたでしょう? 私が行っても本当にいいのかな?」
「何でだ? フィルはお前と行きたかったから誘ったんだろ? それなら行くのは当然じゃないか」
「うん、でもね……。私、配達に行く途中で見ちゃったの!」
「何を見たんだ? 詳しく言ってみろ」
「フィルさんが恋人みたいな女性と腕を絡ませて話していたの。恋人がいるなら私じゃなくてその人と行った方がいいでしょう?」
「フィルが? うーん……、そんなことをするわけないんだがな…」
私はお父さんと話をしている間にどんどん悲しくなって涙が出てきて止まらない。どうしよう、こんな状態ではお店になんて立てない。
「エミル、今日は店を早めに閉めるから家に帰れ」
「でもお父さんは怪我してるから動いたら駄目だよ。少しだけ休ませてもらえば大丈夫」
「いや、配達も今日は無いし、怪我をしたから今日は早めに帰る。後片付けくらいは負担にならないから気にするな」
お父さんに後を任せて家に帰りお母さんにも同じ話をしたけどお父さんと同じ反応でフィルさんはそんな人ではないと言われた。
そんなぁ、見間違えではないのに…。食欲が出なくて夕食は取らずにベッドで横になっていたらいつの間にか寝てしまった。
翌日、仕事が終わりお店から家に帰ったらいつも通りフィルさんが家に来てしまった。私は昨日のことがあってからフィルさんに会いたくない…。こんなこと初めてだけど、どうしても気持ちが切り替えられないの。
「エミル、こんばんは。はい、キャンディあげる。今日はなんだか元気がないね、どうしたの?」
「うん、ありがとう。今日はたくさん動いて疲れちゃったから部屋に行くね。ごめんなさい、また明日」
私は何も悪いことをしてないのに逃げるように部屋に行ったのは何でだろう? フィルさんに対して嫌な態度を取ってしまった自分が嫌になるし情けない。
しばらくすると部屋の扉がノックされ寝たふりをして布団を被っていたら誰かが寝台に座ったような揺れを感じた。
「エミル、フィルだよ。顔を出してくれないかな…」
「……」
えっ! まだ帰っていなかったんだ。でも今、フィルさんの顔はどうしても見たくない……。
「ナジェルさんとマリアさんに話は聞いたけど僕はエミルに会えなくなるようなことはしてないよ。誤解があるのなら説明するから話を聞いて」
「……」
嫌、本当に泣いちゃいそう。何が悲しいのか分からなくて早く一人になりたいから帰って欲しい。
「今日は帰るからまた明日話をしようね」
フィルさんは帰ったけど私はどうしたら良かったのか自分が何を考えているのかさえ分からずに泣いた。それにフィルさんと女性の姿が目に焼き付いて思い出してしまうと苦しかったし自分の態度は酷すぎて傷つけてしまったと後悔した。
涙が枯れるほど泣いて、泣き疲れたらいつの間にか眠っていた。
俺は夕方エミルの家へ行く。昨日は遅番で昼間に会ったから久しぶりな感じがして一日会わないだけでも我慢の限界だ。玄関を開けて入るとエミルの元気がなく聞いても教えてもらえず足早に部屋へ行ってしまった。呆然としてエミルの部屋の方を見ていたらナジェルさんに声をかけられる。
「フィル、その…昨日、女と会っていたか? いや、俺も男だし仕方なく事情があるときも分かるから責めているわけではないが昼間から町で堂々と…。疑っているわけでもないけどエミルが見たというから」
「女? いいえ、あれから仕事しかしていませんよ。それにナジェルさんが言っているようなことは2年ほど前から一切ありませんがどうかしましたか?」
「そうか…。昨日の昼間、お前が帰った後にエミルに配達に行かせたら女と話しているのを見たんだとさ。腕を絡ませて親しげにしていたと言っててな、恋人だと思っている。俺は恋人ではなく商売の女かと思ったが、いずれにせよエミルは勘違いをしているぞ」
「えっっ! あれは本当に違いますよ。昔の酒飲み仲間で男女の仲ではありません。人との距離が誰でも近い女で最近恋人と別れて外国から帰ってきたところ、町で偶然会っただけですよ。ナジェルさんだってそういう経験たくさんありますよね?」
「ん? ま、まぁな。若い頃は擦り寄ってくる女性はいたなぁ。でも俺はマリアを一途に思っていたから後ろめたいことは一切なかったぞ」
「ナジェルさん、僕も同じでエミルを一途に思っているし後ろめたいことはありませんよ。困ったな…、誤解を解くにはどうしようか」
「フィルの事情もわかるけど、お前とのことも覚えていないからエミルは恋愛するのが初めてなんだよ。父親の俺は何もできないから自分でどうにかしろ」
「はぁぁ…とりあえず今からエミルの部屋に行ってみます」
結局、エミルの部屋に行って話をしてみたものの顔も見せてくれなかった。エミルと順調に距離を縮めてきたのにアンジェに会ったところを偶然見られるなんて不運でしかない…。




