帰国
シャノアール伯爵家を訪ねてから2日後、ビンセント様のお力添えで通行証も手に入り護衛をつけてもらい国境を越えられることになった。
「ビンセント様、リリアナ様。この度はお力添えをいただきありがとうございました。今後も引き続きデュークのことをよろしくお願いします。これからもご息災でお過ごしください」
「あぁ、フィルもな。結婚したら奥方を連れて来なさい、待ってるよ。護衛も信頼できる者を付けたから安心して行くと良い」
「本当に寂しいわ。今度はゆっくり屋敷に滞在してくださいね。それにデュークのことは私共に任せておきなさい」
「フィル、結婚式には帰国するから連絡しろよ。私もエミルさんと会うのが楽しみだ」
別れの挨拶が済むとすぐに出発する。国境までは護衛と共に行き門が閉まってしまう前に国境の砦を通過することができた。
パイゼン領に早く入りたかったがこのまま北へ向かうのは遠過ぎるので一晩、近くの町で宿を取ることに決める。この町からパイゼン領の砦までは全速力で馬を走らせれば丸一日で着くだろう。
翌朝早く起きてパイゼン領に向けて出発をし途中休憩を挟みながら馬を走らせ夜遅くにやっとマドラナ砦に到着する。
門番の兵士も俺に驚きはしたがすんなり通過すると砦の玄関に着いた。やっと帰ってきた俺の居場所に…。
問題なく帰れたことに安堵の胸を撫で下ろしていると玄関の扉が開き次々と人が駆け寄ってくる。
「フィル、おかえり。無事に帰ってきてくれて良かった」
「お前が連れ去られて心配で探し回ったぞ」
「俺の不注意で皆んなに迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない」
「フィル、おかえり。無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」
いつの間にか殿下が笑顔で出迎えてくれた。久しぶりに見た殿下の優しい笑顔であるが任務に失敗したことを猛省する。
「殿下…この度はご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした」
「違う、私の指揮が甘かった。でもまさか密偵に捕まったとは思わなかったが本当に無事で良かった」
「はい、ご心配をおかけしました」
「これから明日の朝までゆっくり休んでくれ」
明日からはこれまでの任務に戻りメッシュバルン王国の内情も殿下に報告できる。今日はとにかく何も考えずゆっくり休もう……。
翌朝、安眠したので気持ちの良い朝を迎えて早速殿下にメッシュバルンの報告をしに行く。
「殿下、おはようございます」
「フィル、おはよう。昨夜はよく休めたか?」
「はい、おかげさまでゆっくり休めました。それでは早速ですがメッシュバルン王国での報告があります」
俺はメッシュバルンでの一部始終を殿下へ伝えた。
「密偵も同じ報告だったよ。王太子はやはり平和主義者か……」
「はい、直接王太子とは話せていませんが健康である上に幽閉されていると考えると確執があると思われます」
「そうだな。調査に時間はかかるだろうが王太子を塔から救出できそうか確認している。王太子本人と会って話してみたいのだがな」
「婚約まで話があった女性によると優しい人柄で武力で国に平和をもたらすのではなく貧困を解決するために思案を巡らせて努力をしていたようです。そのためにイルマルーンへ留学していたこともあったと聞きました」
「イルマルーンへ留学? 今は国交はないはずだからおそらく前国王の頃の話だな。前国王はイルマルーンの国王と個人的に少々交流があったと聞いたことがある。それで王太子を救出したとして支持する貴族はどれくらいいそうか?」
「はっきりしたことは分かりかねます。例えば私が滞在していた貴族は最悪で領地経営は普通にしておりましたが当主の伯爵と娘は自分達さえ良ければ平民など人とも思っていない考えでした」
「ではその領地の領民は貧困ではないのか?」
「領地経営の数字を見る限りでは国税をきちんと収めることができていましたが、実際に現地を見たわけではありませんので実状は分かりかねます」
「そうか…その伯爵は中立派であるのだな?」
「はい、中立派といっても忠誠心は皆無で自分達が有利な立場になるように様子をうかがっているだけでした。伯爵は雇った男達を使って自分に役に立ちそうな有力な情報を集めているようです」
「真の王太子派と中立派はどれくらいいるのだろうか…こちらとしても戦争は回避したいから現国王が廃位して王太子が即位してくれたら友好的な話し合いもできそうだかな」
「私が滞在していた伯爵のような貴族ばかりではないと願いたいです。まるでリンベロ男爵のような男でした」
「そういえば密偵に伯爵の娘を篭絡しろと言われたらしいな。上手くいったのは良かったがどのようにしたんだ?」
「はい…容姿を褒めまくり婚約したいような甘い雰囲気を作ったら簡単でしたがエミルとは真逆の女性で嫌悪感を抱いて精神的に辛かったです。俺は密偵には向きません…」
「フィルはエミルさんに夢中なのに真逆の女性を相手にしなければならないなんてな。おかげで私達は有力な情報を得ることができたがそんなに酷かったのか?」
「もしエミルと交際していなくても相手にすらしません」
「ははは、伯爵家の娘がなぁ…我が国にもそのような貴族の女性はいるがフィルにそこまで嫌われるとはね」
「思い出したくもない過去ですが悪いことばかりではなく密偵のザジトとライロとは気が合いましたし、ライゼンの親戚の伯爵家とデュークには結婚の報告ができました」
「そうだった、デュークは息災にしているか?」
「平民の方と結婚すると報告をしたのですが全員驚いていましたしデュークはまだライゼンにいるつもりだと申しておりました」
「私達王族はライゼンの王族や貴族と会うくらいだから分からないがデュークが帰国したくないのであれば良い国なのだな」
「町には一泊しかしませんでしたが我が国と差はありませんでしたし通過した町や村も同じような光景でした。メッシュバルンは外出しても施設も殺風景ですし町は人も少ないです。廃村の村も多いと密偵も言っておりましたのでどこかへ移住する者がたくさんいるのでしょう」
「統治者次第で国の状況がこんなにも変わるのだから国民は悲惨だな」
「はい、私も他国で滞在したり行ってみたりしてこの国の国民で良かったと改めて思いました」
「統治者も苦労しているからそれを聞いたら陛下や王太子殿下が喜びそうだ。ところでフィルには今までの国境付近の現況を知らせておく。
フィルが連れ去られてからは不審者も目視されていない。密偵から受けた報告ではメッシュバルンの貴族達がそれぞれ雇っている男達を些細な情報でもいいから掴むために潜入させようとしているらしい。中には国から命令されて国境を越えてきた者もいるだろうな」
「どちらが雇い主が判断するのは難しいと思います」
「一回目に視察した結果の問題点は解決し、フィルの件以降は増員して厳重警戒を続けている。毎日視察には行かないが定期的に続ける予定だ」
「はい、承知致しました。本日のご予定はいかがでしょうか?」
「今日は午後から軍議だからフィルも参加してくれ。それまでは私も執務があるから他の近衛兵で構わない」
「はい、ではメッシュバルンへ行ってから身体が鈍っているので鍛錬場で久しぶりに身体を動かしてきます。午後に参りますのでよろしくお願いします」
約一ヵ月の間身体を動かしていなかったので身体が鈍っているのを感じ鍛錬場で領兵相手に剣を交えた。
連れ去られたときには運良く密偵に捕まっただけであのとき捕虜にでもなっていたらこの国に帰ることはできなかったであろう……。
これからは同じことを繰り返さないよう今まで以上に毎日鍛錬に励まなければならない。




